第10話 母に贈る言葉
ポワゾンの偽名を使っていたギフトが、苦悶の表情でもだえている。
来賓たちがどよめくなか、どさくさに紛れて、クロトが叫んだ。
「料理長トバーンを取り押さえろ!!!!」
その声を聞き、控えていた兵士たちがトバーンを床に押さえつけた。
「これは明らかな叛逆罪です!その男は誕生日ケーキに毒を盛り、御子息、並びにこの晩餐会の列席者の毒殺を図ったのです!!!!」
誰もが頭の中にあった憶測を高らかに叫ばせたことで、来賓たち、そして父ジョン王たちの視線は料理長に向けられた。
「トバーン、何と愚かなことを!!!何故息子の誕生日にこのような!!そこまで俺が憎いか!!!!!!!この人の皮をかぶったド腐れ豚野郎が!!!!!!!」
烈火のごとく怒鳴る父の姿。
表情は憤激に満ちている。父さんのこんな顔、初めて見た。
ド腐れ豚野郎。思わず笑ってしまった。そんな汚い言葉を、この人も使うんだな。
妻を寝取った豚ダルマへの怒りがそうさせるのだろう。目が血走っている。
「陛下!誤解でございます!私が毒など!ありえません!」
身に覚えのない料理長は必至に弁明する。が、誰が信じるものか。この会場にいる人間は、この男が必死に取り繕おうとしているようにしか見えていない。一人をのぞいて。
「貴方!お待ちになって!料理長トバーンは忠誠心溢れる立派なお方です!毒なんていれるわけがございません!」
母リョーコが諫言するが、いまは火にガソリンぶっかけだ。
「……忠誠心に溢れる?忠誠心!?忠誠心だと!!!!本気で言っているのかリョーコ!!!」
「ええ貴方!!トバーンは全くの無実です!」
よし。頃合いだ。
「父上。母上の仰る通りです。もしかしたら誤解かもしれませんよ」
「ジュン?」
父さんが俺の方を向いた。
「そうですよねジュン!?」
「ええ。現に僕は平気ですし。毒ではないのかも?」
「ではなぜ彼はもだえているのだ」
医務室に運んでくれ、と喉をかきむしりながら、びくんびくんなっているギフトを指さす父さん。
「アレルギーかもしれません」
「アレルギー?」
「トバーンさん。あなたの疑いを晴らすためです、このケーキの材料を細かく教えてください」
「はい!坊ちゃま!」
豚が、救いの手を差し伸べた俺にへこへこしながら、食材を事細かく言っていった。
6個目に挙がってきた材料を聞いて、俺は、それだ!と叫ぶ。
「間違いないです!アレルギーです絶対!早く医務室に連れて行ってあげてください!」
俺の言葉を聞いた兵士たちが、ギフトを運んでいく。
「ふむ……」
怒りが収まらないのか、尚も顔を曇らせる父ジョン王。
「さ、トバーンさんを放してあげてください」
「しかしまだ疑いは」
「晴れたじゃないですかぁ。ケーキは改めて僕がいただきます」
「ジュン!それはならん!」
父さんが止める。
「だって、料理長が私たちを毒殺にする理由がございませんよ。父上、食べましょうよ」
「本当にアレルギーなのかどうか、確認してからだ!」
「私は料理長を信じますよ」
「私もです」
「それでは母上、一緒にいただきましょう」
俺は手元のケーキの皿を母に渡した。
「ありがとうジュン」
母リョーコがトバーンの方を見やる。
「信じてますよトバーン」
トバーンが照れくさそうに鼻をかいた。
「ありがとうございます。王妃様」
「いただきまーす!!」
俺の声に合わせて、リョーコもいただきます、と言って、ケーキを口に含んだ。もぐもぐと咀嚼する。
俺?
俺は、やっぱニオイ変だなぁと言って手を止めた。
「そんな坊ちゃまぁ」
トバーンが苦笑いする。冗談だよ、と言って、俺は
「母上、美味しいですか?」
「ええ、流石、王国一の料理人、トバーン・シュサ…」
言い切る前に、母リョーコはフォークを手から落とした。
「リョーコ?」
父さんが
きゃあああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!
王妃を見守っていた来賓たちが絶叫した。
母リョーコの顔はみるみるうちに青ざめ、鼻血を垂らし、ぐるぢひ、と口にすると卒倒した。
「本当に毒を盛ったんですかトバーンさん?」
俺が用意していた軽蔑の顔を豚ダルマに向け、言い放った。
「私たちを、殺そうとしたんですね」
俺の言葉とほぼ同時に、父さんがトバーンを捕まえろと怒声をあげた。
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医務室にて。
気がつくと、ベッドに寝ていた。
苦しい。
死にそう。トバーンが?まさかそんな。
「気がつきました?母上?」
目の前には、息子のジュンが一人立っている。
「びゅ……ぬ?」
「無理にしゃべらなくていいですよ、母上」
「わた、ひ……な、なん、で」
「捕まった料理長トバーンが全てを吐きましたよ。母上と、五年程前から不倫関係だったということ。最初から好きではなかったけど、タダでできるから相手はしてたって。けど、年を食ったババアに一切興奮しなくなって、最近じゃ関係を解消しようとしていたんだそうです」
「そ……!う、ぞ、、そ・・・んは!」
カビのような緑がかった顔で、俺を見る母。絶望に満ちた目をひん剥いている。だが、父さんの絶望はそんなもんじゃなかったぞ。
「母上の一方的な愛情にうんざりしていたトバーンは、狂気に陥り、キャンデーラ家もろとも毒殺しようともくろんだそうです。獄中で言ってました。哀れで醜い、しわくちゃババアのアレの介護をしてやっていたんだ、褒美の一つでも貰いたいって」
「トバ…!トバ!トバアアアアアアアアアアアアアアン!!!!!!」
雌豚は、愛していた男の裏切りに発狂し、呂律の回らない口で、その名前を叫んだ。ドッと血が吐き出る。
「あ、そうそう。母上には、もう手の施しようがないらしいです。死ぬんですあなたは」
「ああああああああああ」
「泣かないでください。泣きたいのは父上です。お前みたいな低能クソビッチのせいで、高潔な王の魂に傷がついた。その命でわびろ」
「ああああああああああああ」
毒が全身に回ったのか、心が壊れたのか、俺の言葉はもう聞こえてないようだ。
良かった。人の心を踏みにじる、淫乱女を、一人壊すことができたんだ。
間もなく、壊れたおもちゃのような母親のうめきは止んだ。
そして少しすると、父ジョンが駆けつけ、かつて妻であった肉塊の手を取り、ひざをつくと、すすり泣いていた。
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キャンデーラ領内・ギフト飯店地下(ヴェネーノファミリーアジト)にて。
「どなか存じませんが、助かりました!ありがとうございます!」
トバーンが目の前の大男に頭を下げる。
兵士たちに投獄されようとしていたところ、颯爽と現れ、屋敷から逃がしてくれた命の恩人。
「いや、礼を言われる筋合いはない」
「へ?」
「俺は今から、依頼主に成り代わって、あんたを殺すんだからな」
「……な、なにを言って?」
「さ、罪を
殺し屋、クロト・ノワールは、薄明りの中、不気味に嗤った。
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