第8話 嵐の前の静けさ

夜のキャンデーラ家屋敷は大賑わいだった。


友好関係のある国々の貴賓が俺こと、ジュン・キャンデーラの12歳の誕生日を祝いにやってきている。

大ホールではオーケストラの生演奏に合わせて、大人から子供まで円舞曲を踊り、料理長トバーンら一流の料理人たちが腕を振るった料理が振る舞われていた。

それを高い玉座にこしかけて見下ろす、国王である父と俺。


「皆がお前の12歳の誕生日を祝ってくれているのだ。感謝の気持ちを、忘れてはいけないよ?」

「はい、父上」


そう諭す父の横顔は、立派な君主そのものだ。威厳に満ちている。領民からも尊敬のまなざしをむけられている偉大な王。

だが。

淫欲まみれの不倫妻のせいで、彼は哀れな寝取られ夫に成り下がってしまった。


偉大なるジョン・キャンデーラ。


貴方の苦しみがわかるのは同じ寝取られ男の俺だけだ。だから任せてください。

俺がキャンデーラの誇りを守りますよ。


「ジュン様」


目の前に現れたのは、執事のアンジェロ・ジャッシュを伴ったマリヤだった。


マリヤ・グチモームス。


キャンデーラ家と友好関係にある、クンツ・グチモームスの子女であり、俺の未来のお嫁さんだ。今日も子犬のような笑顔を振りまいている。


「マリヤ」

「改めまして、お誕生日おめでとうございます。お義父様も」

「ああマリヤ。これからもジュンと仲良くしてやってくれ」

「もちろんですわ」

「キャンデーラの女として、ジュンの未来の伴侶として生きることを、私に誓ってくれ」

「父上……」


マリヤは一瞬困惑していたが、俺にはわかる。ずっと不貞の妻リョーコのことが頭から離れないんだ。


「はい。キャンデーラ王に誓います」

「うむ。少し席を外そう。アンジェロ、君もだ」

「はっ」


父さんは席を立ち、執事アンジェロも俺たちから離れた。

マリヤは僕の足元に屈んで、僕の手を取った。


「ジュン様は、どんなスキルにお目覚めになったのですか?」

「ああ、やっぱ気になるよね?」

「勿論ですわ!やはりお義父様のような、炎の剣とか?」

「いや、俺のスキルは『鑑定』だ」

「まぁ!」


ごめんマリヤ。



未来の嫁に初めて嘘をついた。流石に、俺のスキルは「マッチングアプリ」なんだぁ。他人の秘密もなんでもわかるし、恋愛的にマッチングできるかどうか見れる能力なんだよぉ~なんて、馬鹿正直に言うわけにはいかない。


未来の嫁に隠し事をするのは気が引けたが、将来のことを思ってだ。鑑定士とはすでに口裏を合わせており、父にはもちろん、今後全ての領民に、俺のスキルは『鑑定』であると喧伝することになっている。


「では、せっかくですから、私のことも『鑑定』で見てみてください」

「え?」

「ぜひ!」


未来の嫁のプロフィールを盗み見るのは気が引ける。僕は悩むふりをして、後ろ向きになり、小声でウィズユー、自動表示(オートモード)と告げた。


――――かしこまりました。自動表示に設定します。


ハート型スライムのウィズが一瞬黄色に変色し、すぐに戻った。


マリヤ・グチモームス・18歳・結婚なし・恋人あり


と簡易で表示された。


「カンタンな鑑定でごめんね。マリヤ・グチモームス・18歳・結婚なし・恋人あり」

「え?」


マリヤ・グチモームスが一瞬びっくりした顔を浮かべて、すぐにクスッと笑った。


「鑑定しなくても、ジュン様がすでに知っている情報じゃないですか」

「え?そっか?」


言われてみればたしかに。


「本当は違うスキルを発現したのを、隠しているのではないですか?」


ギクゥッ!!!!!!!!

鋭いぞ未来の嫁!!!!!!!


俺は動揺を隠さないように、まっさかぁ~と笑った。


「では、このあとの宴も楽しみにしておりますね」

「うん」

「失礼します」


マリヤが去っていく。自動表示のままにしているから、目の前で円舞曲を踊る来賓たちのプロフィールがぞくぞくと表示されている。


アーノ・ゲロチュ、スズカ・トナブルー、オンチャン・ヤースケン、スイード・フジムラ、アップル・シーナ、ナックス・モリィ、アンジェリカ・バタミッチ、ライス・セキマーチ、などなど。その中には、礼装するクロト・ノワール、ギフト・ヴェネーノの名前もあった。


マリヤが、執事のもとにたどり着いたようだ。お、アンジェロも恋人がいるらしい。今度マリヤと4人でWデートにでも誘うか。


*********************************


俺が立ち上がったのを合図にクロトとギフトが動いた。トイレの個室へ入ると、クロトとギフトは、個室の扉前に立った。


「王子」

「クロト、首尾はどう?」

「問題なく。ギフトがやってくれました」

「王子の頼みですから、えへへへ」


扉越しでギフトがおびえた声で媚びを売ってくる。クロトがおそろしいのだろう。


「トバーンは?」


クロトの問いに、俺は、よろしく、とだけ答えた。


「わかりました。全てが終わり次第、俺は姿を消します」

「え?」

「またお会いすることがあれば、どうぞご贔屓に」

「クロトさん。俺は貴方ともっと話したい事があるんです」

「ありがとうございます。ですが、貴方は王になる御方。これ以上俺と関わるべきではない」

「……」

「幸運を祈ります。王子、お誕生日おめでとうございます」


その言葉と共に、クロトとギフトの足音が遠ざかっていった。


「さ、最後の晩餐に行こう」


扉を開け、眩しい絢爛豪華な廊下を歩いて、俺は晩餐会場へと向かった。

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