えれめんつ Rogues of Five Elements

黒岩匠/二笑亭

序章 天狗星

 天狗星 


 その日は夕陽が完全燃焼を果たしたような蒼い黄昏だった。

 蒼く染まった西の空に、煌々こうこうと輝く一点がある。

 宵の明星――つまり金星のことである。

 その金星の前をひとつの流星が緋色の尾をいて流れていった。

 天を割らんばかりの大音声だいおんじょうを轟かせて。

 

 ひとりの青年がまるでなにかに魅入られたかのように、その流星を凝視していた。

 色白で子狐のようにキュッとした顔の小さい青年だ。

「今日あんな流れ星があるって言ってたか?」

「なあ、陽明はるあき?」

「…………」

「おい?」

「…………」

 青年――篠田陽明の瞳は茫乎ぼうことしていき、彼の耳には友人たちの声も遠くなっていた。

 篠田陽明は自身が通う城南大学の天文サークルの仲間たちと共に、この夏休み、天文観測とバーベキューを楽しみに来ていたのである。

 陽明の実家は、鎌倉に隣接する東猫島町の篠田九尾塚稲荷という神社で、その神社が所在する禅浄山という山の中で夏のサークル活動が行われていた。

 そんなひと夏の、絵に描いたような青春の真最中での、流星だったのである。


 陽明の瞳に流星が描いた緋色の軌跡が焼き付いた。

 そして――


 緋色の軌跡は三日月のように歪み出した。

 赤い三日月は口となり、そこから牙が生え、口の端から血を滴らせている。

 元は流星の軌跡だったはずの口が奥へ奥へと遠ざかっていくと、真っ赤な異形の者の顔が浮かび上がった。

 鬼だ――鬼が笑っている。

 そして鬼の顔が陽明に近づいて来る。

 鬼の歪んだ笑い顔が、陽明の瞳に大きく映った――


 陽明は喉から叫びも上げられず、その場に倒れてしまった。

 鬼が見えたのは陽明だけである。

 友人たちは陽明に一体何が起きたかは解らず、ただ彼が体調不良になった、という至極常識的な見解に基づき、彼を実家へ運んで行った。いまは夏だ、熱中症にでもなったか、という考えが参加者全員の頭に浮かんだのである。

 そしてこの青春の一頁は、体調不良者が出たという常識的な理由でお開きとなった。


 天狗星――

 天狗と言う言葉の初出は、『日本書紀』舒明じょめい天皇九年二月の条にある雷音を伴う流星、アマツキツネのこと。

 その後、平安時代に入り山に棲む目には見えない存在を指すようになり、仏教説話や修験道しゅげんどうなどの影響を受けて、今日の烏天狗や鼻高天狗のイメージとなった。

 『太平記』には鎌倉幕府の十四代執権、北条高時が天狗たちと宴に酔い興じてうたったという逸話がある。この時、うたったというのが、

 「天王寺ヤ ヨウレボシヲ見バヤ」

 この〈ヨウレボシ〉とはつまり、不吉の前兆である凶星〈妖霊星〉のこと。後に北条高時は鎌倉幕府と共に滅んだ。


 では今回、篠田陽明が見た天狗星は、人間が鬼によって蹂躙される未来を指すものなのだろうか。

 そして、星は何処へと落ちたのか――。


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えれめんつ Rogues of Five Elements 黒岩匠/二笑亭 @2sho_take7

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