第2話
目が覚めると、そこには見慣れた天井があった。
嫌な汗をかいているのがわかる。呼吸は浅く、喉がはりつくように渇いていた。動悸が止まらない。
「大丈夫? また同じ夢?」
隣で寝ていた夫が身を起こし、心配そうに私を覗き込んだ。
「ごめん。また起こしちゃったね」
「ちょうど起きる時間だよ」
彼は優しく私を落ち着かせるように私の頭を撫でる。
本来、彼はもう少しゆっくり起きても間に合うのだ。けれども初めて私が悪夢に悲鳴をあげた日から、元からそうであったかのように一緒に起きてくれる。
お詫びのつもりで彼にコーヒーを入れ、それを一緒に飲む。それが毎朝の日課になりつつあった。
「今日は仕事? 何時まで?」
「うん。三時まで」
「じゃあ四時には家に戻れるよね?」
「…うん、戻れると思う」
「どこか寄ってくるときは連絡してね。ほら終わってからお茶に誘われることもあるだろうし、買い物することもあるだろうから」
「…わかった」
私が頷くと彼は満足そうに微笑んで、残っていたコーヒーを飲み干した。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
パートに出かける私よりも早く出かける彼を見送って、寝ても取れない疲れを感じてため息をついた。
毎日同じ夢を見るようになったのは、いつからだっただろうか。
朝目が覚めると、隣に寝ているはずの夫がいないかった。
体を起こして、赤色が目に飛び込んでくる。
血で真っ赤に濡れた包丁。そしてそれを握っている、血に染まった自分の手。
初めてこの夢を見たとき、私はここで悲鳴をあげ、自分の悲鳴で目を覚ました。呼吸は荒く動悸は激しく、全身に嫌な汗をかいていた。それなのに体は芯から冷えていた。
隣で寝ていた夫は驚いて起き上がった。私の様子を見て、何も言わず抱き寄せ、子をあやすような優しい手つきでそっと背中を撫でてくれた。
次の日はベッドをおり、その翌日は寝室のドアに手をかけ、また翌日にはそのドアを開けた。毎日、少しずつ先へと進んでいく。
動画を少し見ては最初に戻り、少し先まで見てはまた最初から見る。まるでそんなことを繰り返しているみたいだ。
リビングを見ては、キッチンを見る。そこには誰もいない。
毎日繰り返されるこの夢の続きを、私は知らない。
うなされて目を覚ませば隣には夫がいる。夫は毎日同じ悪夢でうなされる私に起こされ、それでも嫌な顔ひとつしない。ただ、そっと私を抱きしめ、背中を撫で、あるいは髪をすく。
私が毎日同じ夢を見るようになってから、あやすようにそうしてくれるのが彼の最近の仕事になりつつある。
夫は私が同じ悪夢にうなされていることは知っている。起きたら血で真っ赤に染まった包丁を握っているという夢だと伝えている。
だけど、その夢が少しずつ先まで進んでいることも、そこに夫がいないということも彼には伝えていない。
なぜだか伝えることができなかった。
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