化け猫とその後輩のお盆

金澤流都

猫とお盆

 今年もお盆がきた。猫としては憂鬱以外のなにものでもない。仏壇の周りは飾り付けされ、なにやら果物やお菓子が置かれているが、これらにチョッカイを出したり線香立てにチョッカイを出すと激しく叱られる。

 悪いのはいきなり家の中を模様替えする人間だと思うのだが、どうだろうか。ゴン太とわしはアルミ製のひんやりベッドの取り合いをするので忙しいのに、なぜ邪魔にされるのか。

 なにやら親戚とかいうのがうじゃうじゃとやってきて、最終的には僧侶なる職種の人がやってきて、ウンタラカンタラ……とお経なるものをあげている。よく意味がわからないが、人間にとってはありがたいものなのだろう。わしとゴン太はその様子を物陰から観察した。


 僧侶は帰り際に、優の母親、つまりかさねの祖母に、わしの歳を訊いていった。すごいことなのかどうなのかわからないが、僧侶はめちゃめちゃ驚いていた。

 なんでもこの僧侶の先代の僧侶のときからわしはここにいるらしい。もう覚えていない。


 親戚が集まって賑やかに昼食会が始まった。かさねの好物のエビフライが置かれているが、かさねはエビフライを欲しがっていた親戚の、かさねより少し小さい男の子にエビフライを譲った。すでにエビフライを咀嚼している優はちょっと恥ずかしい顔をしている。

 親戚の爺さんは優が就職してちゃんとしているとか、うちの孫は大学に真面目に通わないから優の爪の垢がほしいとか、そういうことを言っている。優は真面目なのではなく大学に行ってもついていけないだけなのではないだろうか。


 就職の話題の次は当然、とばかりに、優に恋人はいるのか、という話になったが、ゴン太を我が家に預けた優の女友達は東京の大学に進学し、インスタとやらは相互フォローのまま自然消滅してしまったようだ。それを説明すると脂ぎった親戚のおじさんが「まだ相互フォローだろ、東京の男に盗られるまえに猛アタックだ」と暑苦しいことを言っているが、優にはそういう根性がないのであった。


 そのあと人間はみんなしてどこかに出かけた。墓参りだろうか、はたまた行楽地にでも行くのだろうか。

 人間がみんないなくなったあと、わしはゴン太を引き連れて家の勝手口に向かった。台所の片隅にある開かずのドアである。


「何しに行くっすかチビ太兄さん」


「わしらも墓参りをせねばならん」


「ここ開かないっすよ」


「開くんじゃよ。そい!」


 引き戸の端に手をかけ無理くり引っ張ると、まるで猫だけなら通します、とばかりに、少し戸が開いた。

 わしとゴン太はするりんとそこを通りぬけ、家の外に出た。


 真っ青な空には大きな白い雲がもくもくと浮かび、太陽がじりじりと照りつける。

 畑がすぐのところにある。たくさんの作物が収穫を待っている。かさねの小学校の宿題として観察日記をつけるように言われているらしいホウセンカの鉢植えも置かれていた。


「外ってこんなんなんすねえ」


「うむ。年寄りには堪える熱波だわい」


 畑の、日陰のところを選んで歩いていく。はずれのところに、いくつか大きな石が並べられている。


「なんすかこれ」


「わしの先輩にあたる歴代の犬猫の墓じゃ」


「チビ太先輩より先輩がいるんすか」


「うむ。わしがここにきた時にはシロちゃんという犬がいた。その前には猫が何匹かいたらしい。もちろん大昔のことじゃからな、みんな死んで火葬して埋めてある」


「カソー?」


「荼毘に伏すということじゃ」


「ダビニフス……?」


「要するに死んだ動物を焼いて骨にして埋葬するということじゃよ」


「……よくわからねーっすけど、つまり先輩が埋まってるんすね」


「そうじゃ。手を合わせてナムナムするんじゃ」


 わしとゴン太は石に手を合わせてナムナムした。かさねの曽祖母にあたる人物が、毎日仏壇に手を合わせて、優たちに手を合わせるよう言っていたのでわしも覚えてしまった。

 ナムナムすることにどんな意味があるのかはわからない、猫なので。しかしいなくなった先輩たちが、お腹いっぱいで暖かくて怖いものがないところにいると思うと、ナムナムすればそういう世界に行けるのかな、とも思える。


「ナムナムしたっす」


「そうか。では戻ろう。この暑さでは猫もぐったりじゃな」


 というわけで家に戻ってきた。古い日本家屋なので涼しいところはあちこちあるのだが、優の買ってきたひんやりベッドは快適なのでそこで寝ることにした。ゴン太は板間で寝るようだ。

 家を出たときに開かずの扉を猫神通力で開けて、閉めたかすっかり忘れてしまったが、いちいち見にいくのも面倒なのでそのまんま寝ることにした。


 ぱちり、と目を開けると、家族や親戚たちがゾロゾロ帰ってきたところだった。親戚たちは今日は泊まっていくらしい。小さな子供にこねくりまわされておもちゃにされるのを覚悟する。


「あっ! 開かない勝手口が開いてる!」


 かさねが声を上げた。なんだなんだと顔を起こすと、やっぱり扉を閉め忘れていた。

 まあいいか。わしもゴン太もここにいるのだから、咎め立てされることもあるまい。


 次の日、寝ぼけまなこで起きてきた親戚の子供とかさねが仏壇に水を上げていた。

 ゴン太がのっそりと近づき、仏壇に向かってナムナムしていた。それをやっぱりだらしない寝癖のついた優が目撃してスマホで動画を撮影し、その動画はインスタで激バズりしたのだそうだ。

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化け猫とその後輩のお盆 金澤流都 @kanezya

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