第5話 上・中・下の三つの策
劉備と別れた後、俺は劉備から借りたむしろを二枚借り、野宿をすることにした。
パチパチとなる焚火を見ながら、焼き魚を食べる。
キャンプなんて大学ぶりだ。ゲーム会社に入ってからはレジャーをする余暇はほぼなかった。せっかく娘が大きくなったから、今年はキャンプ!なんて思ってたのに。
早く家族のもとに帰らなくては。
「お金言うてたけど、どないな手ぇ使うつもりなん?」
姿を消していた『戦争』の女神・アテネが、暗闇から現れた。
「どちらへ行ってたんですか?」
「他の社員たちの動きを見にいっとった」
「皆順調ですか?」
「ああ、おもろいで。みんなそれぞれのペルソナを上手く使って動き出しとる」
「やっぱそうだよな」
「隠しクリアを狙っとる社員はあんた以外に9人ほどおる。誰とは言わんけど」
「まじすか」
9人。多いとも少ないとも言えない。周倉が隠しクリアの達成条件に一番近いだけで、先を越される可能性は常にある。
しかも、自分以上に三国志を熟知していた社員は、実は6人もいる。
軍師推しの何でも一流な、後輩・蔭原くん、孫家三代大好きな情熱の男・増尾係長。曹魏贔屓のクールな直属上司・山垣課長。呂布に憧れている昭和の堅物・小野取締役、三国志の知識圧倒的№1、弊社のカリスマ・加藤常務。
そして社長の、坂東幸三郎。
――そうだ。俺は、あの人たちよりも速くクリアしないと、生き返ることができないんだ。
「あ、ちなみにぃ、誰が誰に転生したか教えてもらえたりって……?」
「はぁ!?アホか!!そんなん言うたらおもろないやん!女神は全員に公平や!殺すぞ!?」
「すみません!」
――誰がどう動いていようと関係ない。俺は俺のやれることを最速でやるしかないんだ。
この夜、俺は改めて、最速で全章をクリアし、生き返ろう、と心に誓った。
そのためにも、まずは劉備攻略。劉備を落とすには、『ありったけの金』だ。
いま頭の中にある、金稼ぎの手段は、3つ。
三国志の主人公・劉備の信頼を勝ち取り、絶対に劉備の義兄弟になってやる!!!!!
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翌日。
俺は劉備の家を訪ね、ある提案をしていた。
「大前提、俺はとても足が速い。その足を活かした金稼ぎの方法が3つあります」
真顔で聞いていた劉備が破顔した。日に焼けた肌とは対照的に真っ白い歯だ。
「はははは、その大前提がピンと来ませんね。私もこれで、結構足には自信があるし、足が速いだけで稼げるほど、世の中甘くありませんよ?」
「ははは、じゃあ、俺とかけっこしましょう。あそこの木まで、行って帰ってくる。俺が勝ったら、話の続きを」
俺は200mほど先の老木を指さした。
「わかりました。では、この線から始めましょう」
劉備が地面につま先で線を引く。合図を劉備に任せる。間もなく劉備が先に走り出す。
――よし。行くぞ。
「ペルソナ」
小声でも発動することを事前に試していた俺は、『疾風のヘルメス』を使い、時速60キロ(駿馬の全速力と同レベル)で駆け出し、あっという間に劉備を抜き去った。
「うそぉおお!?」
劉備は顔面全体で驚きを表現していた。その表情、まるで漫画だな。
俺は劉備が木にタッチする頃には、スタート地点のラインに戻ってきていた。
「はぁ、はぁ、はぁ、凄いな周倉殿」
戻ってきた劉備は汗をびっしょりかいていた。恐れ入りました、と笑う。
「周倉でいいです、それじゃあ、玄徳さん。この足を使った3つの策を早速聞いてくれ」
「ぜひ」
「この足は一切疲れることを知らず、中華全土を走り回れる。だから、片っ端から黄巾賊の根城に忍び込み、溜め込んでいる金品を強奪する。敵の資金源を奪うことも出来、一挙両得。これが上の策になります」
「中々面白いですが、周倉の身が危ない。奪った金品も、元々は持ち主がいる。正直気が引けます」
「ですか。では中の策なんですが、これも好みが分かれるかな」
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10分後。
「以上が下の策」
「なるほど、義勇軍を旗揚げすると全土の商人に触れ回り、資金援助を求める、か。素晴らしく堅実ではあるが、それでもそれなりに時間はかかる」
「どうします?」
「中の策で行こう」
――予想通りだ。
史実、演義ともに、切羽つまれば大胆な行動に出る劉備だが、普段は慎重派。できるだけ危ない橋を渡ろうとしない小心者。過激な策は論外。かといって時間が掛かる策も今の劉備は好まないはず。
そして。
今から28年後の建安17年。劉璋が治める益州を攻略する際も、劉備は、軍師から提案された三つの策のうち、真ん中の策を選ぶことになる。
ま、人間は3つの選択肢があれば無意識に真ん中を選ぶらしいしな。日本で言う「松竹梅の法則」。正式名称は、ゴルディロックス効果だったかな?忘れた。
というわけで、早速俺は中の策を実行に移すため、近所の家を訪ねて回った。
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