第4話 劉備に会いに行こう

涿県たくけん




立札を見つけて、俺は高速移動する脚を止めた。両足から生える伝令神の白い翼がすぅーっと消えた。




「ふぅ~よし。やっと涿県だ」




俺は一息ついて、ちょろちょろと流れる川の水を飲んだ。




うまい!!




たとえHPは減らなくても喉は渇く。二、三回水をすくって喉を潤す。


トリレガの世界なのに、空を飛ぶ鳥も、そこらへんに生えている植物も水も、全部本物なんだな。




「ほんまに一日で着きおったな」




俺の移動中には姿を消していた『戦争』の女神・アテネが不意に現れ、しきりに感心している。






周倉のペルソナ『疾風のヘルメス』は、体力を消費せずに高速移動が可能、かつ使用回数は無制限という移動だけに突出した能力だ。




馬の走る速さは、競走馬の中でもサラブレッドで時速60~70キロと言われているが、それは数分の間だけ。




この世界に、ジェット機は勿論、車やバイクは存在しない。三国志の時代を、なるべく忠実に再現するのがトリレガのコンセプトだからだ。(ペルソナがそもそも世界観ぶっ壊す設定だが、それはゲームだからいい)。




というわけで、この世界で俺より速く動ける存在はいない。隠しクリア達成に一番近いのは俺だ。




ひとまず、帽子を取り、頭に巻いていた黄巾を外して捨てた。こんなもんつけてたら、劉備達の義兄弟どころか、速攻殺される。




「で、まずは、どないするん?」


「酒場に行きます」


「はぁあああああああああ!????最速クリアしたい言うてたくせに、いきなり酒盛りするんかい!!あんた余裕ぶっこいとると他の社員らに先越されんで!?」


「ちゃいますちゃいます」


「下手な関西弁やめぇ!」


「ああすみません!でも違うんです!」


「なにがちゃうねん?」


「酒場に行けば、張飛がいます」


「あ!そうやん」




そう。




三国志の世界で一番の大酒飲みと言えば、満場一致で張飛だ。酒の飲みすぎで役人を鞭打ちしたり、酒に潰れてあの呂布に城を奪われたり、あげくの果てには、深酒して爆睡していたところ、部下に寝首をかかれて殺されたり、三国志演義の中、最も酒のエピソードが多いのが劉備の義兄弟・張飛なんだ。張飛を探すなら酒場が一番。




「それに、関羽と張飛は、劉備と会う前からすでに義兄弟。二人セットでいるはずです」


「すまんなぁ、うち、てっきりあんたが酒好きの考えなしかと思ったわ」


「自分酒弱いんで、会社の飲み会は基本ノンアルですよ」


「それは知らんけど」


「会社員時代のスキルもお見せしますよ、よっし!ペルソナァアアアアアアアア!!!!!!!!!!!」




ヘルメスの翼を生やし、再び俺は、超高速で走り出す。




「会社員時代は、飲み会の予約も僕がやってたんで!!!!」


「知らんけどぉおおおおお!!!!!!!!」




ブワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!




**********************************




午前中、涿県じゅうを隅々走り回ったところ、酒場は計五ヶ所にあった。すべて見て回ったが、どこにも関羽と張飛はいなかった。この時間から飲んでるかと思ったのに。


とはいえ収穫はあった。


おかげで酒場の店員さんたちと話せて、いくつかお願いをすることができてよかった。




「また店員さんと話して。何のお願いしたん?」


「いろいろですよ。まあ一個は、髭の長い強そうなやつと虎ひげの乱暴者が来たら教えてって」


「なるほど。しかし、おらんなぁ」


「関羽張飛が網にひっかかるのをただ待つのもあれですし、劉備のところに行こうと思います」


「お!三国志の主人公やな」




実はさっき、酒場巡りをしている最中に、俺は劉備を見つけていた。


地べたに座って、わらじやむしろを売る、育ちのよさそうな顔立ちの、日焼けした肌の好青年。




劉備に会いに行こう!




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


劉備(りゅうび)


字(通称)は玄徳(げんとく)。


『三国志演義』の主人公。のちの蜀漢初代皇帝。


前漢の景帝の第9子、中山靖王・劉勝の末裔を自称する。


黄巾の乱の際、「桃園の誓い」をした義兄弟の関羽・張飛らと旗揚げして、以降各地を転戦。「三顧の礼」を尽くして諸葛亮を得て、敵国である魏の曹操、呉の孫権らと渡り合い、蜀漢を建国する。


涿県出身。人徳の士として、民から絶大な支持を得る。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


お昼過ぎ。




「劉玄徳さんですよね?」




俺は、日に焼けた赤黒いむしろ売りに声をかけた。驚いた表情の青年。




「なぜ、私の名前を?」


「漢の景帝のご子息、中山靖王・劉勝の末裔とお聞きしました」


「はは、あなたも私をほら吹きだと笑いに来たんですか」


「いいや、あなたは間違いなく、漢王室の血筋を引いていると思います。その証拠に、いま全国で起きている、黄巾の乱に、激しい怒りを覚えている」


「よくわかりましたね」


「いえいえ、黄巾党に賛同していたら、こんなところでむしろは売ってないでしょ?」


「はははは、それは間違いない」




よし。イケる。仕掛けよう。




「だがな、玄徳さん。、こんなところでむしろを売っている場合じゃない」


「……!?」




劉備の表情が変わる。




「漢王室の為に、漢王室の末裔のあんたはいつ立ち上がるんだ?」


「それは」


「今でしょ!!!!!!」


「はっ!」




2000年代後半に流行った某塾講師のパンチラインを引用させてもらった。


ちょっと古いかなと思ったけど、ここは184年。そんなの関係ねえ!!!




「確かにあなたの言う通りだ。国が乱れ、漢王朝を転覆させようとするならず者が世を跋扈する現状を、これ以上ほっとくわけにはいかない」




うっし!刺さった!




「だが私には、その……ないんだ」


「え?何が」


「ないんだよ」


「ん?ああ、戦う勇気的な?」


「いや、金が」


「ん?」


「金がないんですよおおおおおおおお!!!!!!!!!」




そっちか!!!!!!!!!


本当に劉備もそうだったのだろうな、と同情した。


劉備は、関羽と張飛と出会ったのち、張世平と蘇双という豪商たちに軍資金を援助してもらったおかげで義勇軍を結成することになる。


だから今は、年老いた母のために働き、極貧生活真っ只中なのだ。




可哀相に。




俺なんかは独身時代、ゲーム会社で四六時中会社にこもってゲームを作っていたから、休みはほぼなかったけど金はあった。(ここ数年は女房が出来て、子供が生まれ、子育てに金がかかってはいたが)




金がないのと、休みがないのだと、どっちがつらいんだろうな。


って、いかんいかん。ぼーっと考えている場合じゃなかった。




「玄徳さん!だったら金は、この周倉が用意する。そん代わり、俺の義兄弟になって、黄巾賊討伐の義勇軍を結成しよう!!」


「それは、願ってもないけれど、失礼ですが、あなた、お金持ってなさそうで」




劉備がまじまじと俺を見つめる。たしかに今の俺は一文無しだ。






だから。








――『疾風のヘルメス』で荒稼ぎしてやる……!!!!!!

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