第5話 7月9日③ 屋上
伊十郎と凪沙は、学校の屋上に来ていた。入学から2年過ぎたが、伊十郎は初めてこの場所に足を踏み入れた。
眼下のグラウンドでは、サッカー部の生徒たちが赤と青のユニフォームに別れ、熱い声を上げながら競い合っていた。どこからともなく聞こえてくる吹奏楽部の演奏が、風に乗って耳に届いた。
伊十郎は周りを見回しながら、少し緊張した面持ちで凪沙に尋ねる。
「ここって普段閉鎖されてて入れないんじゃないのか?」
「意外とそうでもないよ。みんながそう思ってるだけで、ここはいつも開けっぱなんだ」
凪沙はこともなげに、そう言い放つ。その情報は伊十郎にとっても初耳だった。彼女はどこでこんな情報を仕入れたのだろうか。
「なんで俺をここに連れてきたんだ?」
「他の人に聞かれると面倒だから。勘違いされるとメンドイし」
気だるそうに凪沙は髪をかきあげながら言った。凪沙の髪が夏風に揺れて優雅に靡く。その様子に伊十郎は見とれてしまう。やはり美人は立っているだけでサマになるなぁなんて感想を抱いた。
「……じゃあ、さっさと始めよっか。長引いてもメンドイしさ」
「始めるって何を?」
凪沙は少し考え込むような仕草をしてから、伊十郎の目をじっと見つめて言った。
「んー。答え合わせ……かな。来栖くん、私に聞きたいことあるでしょ?」
伊十郎は思わず息を呑んだ。
確かに、凪沙の言う通りだ。
何故、自分が約1か月前にタイムスリップしたのか。
登校日、凪沙の身に一体何が起こったのか。
聞きたいことは山積みだった。
伊十郎はハッと違和感に気づく。
何故、凪沙は自分が疑念を持っていることに気づいたのだろうか。
凪沙の態度は、まるで伊十郎の思考を全て見透かしているかのようだった。
では、自分の今考えていることは誰にも言い当てられないはずだ。
では、一体どうやって自分の心を読みよったのか。
「なんで分かったんだって顔してるね」
凪沙は少し面白そうな表情を浮かべ、クスリと笑った。
「気づいてないかも知れないけど、来栖くんずっと私のこと見てるんだもん。いくらなんでも気づくよ。まるで幽霊にでも会ったみたいな顔してるんだから」
「椎名……お前は一体……?」
「私は――」
凪沙が何かを言いかけたその時――。
「凪沙。ここに男が向かってきている。早くここから立ち去ったほうがいい」
声のした方を見ると、そこには執事ような装いをした長身の男性が立っていた。
その男性は、日本人離れした端正な顔立ちをしており、左目にアンティーク風の片眼鏡をつけていた。
伊十郎は思わず息を呑み、男性を見上げてしまう。翔太郎もかなり身長が高い部類ではあるのだが、目の前の男はそれを遥かに凌駕している。おそらく190cmは、優に超えているのではないだろうか。
伊十郎の視線に気づいたのか、男は片眼鏡の奥の目を細め、興味深そうに伊十郎を見下ろす。
「おや? 君は視えるのか」
「もしかするととは思ってたけど、やっぱ来栖くんも視えるんだ。すごく珍しいんだよ?ハルが見える人って」
凪沙は平然と言う。
「そう言えば、ハル。ここに人って来るんだね。私知らなかった」
「この日――7月9日に凪沙が屋上に来たことは少なかったからな。把握していないのも仕方がない」
「あー……たしかに。私、この日はあんまり来ないかも」
伊十郎は二人の会話についていけなかった。
凪沙は困惑している伊十郎の方へ向き直った。
「場所変えよっか。このままだと誰か来るだろうし」
凪沙は突然、「あっ」となにかを思い出すような仕草をした。
「あっ、さっき答え忘れてたから今答えるね」
凪沙は伊十郎を見つめ、静かに話し始めた。
「来栖くんは多分私が死んだ後――多分8月1日とかかな。そのあたりからここに来たんでしょ? だから私のことをそういう目で見てたんでしょ」
彼女は軽く溜め息をついたあと、伊十郎の方を見据えてこう言った。
「私は今日――7月9日から、私が死んだ7月31日までの22日間をずっと繰り返しているの。途方もない回数……ね」
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