第4話 7月9日② 呼び出し
「 一体どうなってるんだ……?」
伊十郎は呟きながら、ぼんやりと黒板を見つめていた。白いチョークで黒板に書かれた日付は7月9日。伊十郎が覚えている限り、この日は学校をサボったはずだった。
今日は、登校日明けの8月2日ではない。伊十郎の頭は中は混乱でいっぱいだった。
翔太郎や季祥にそのことを話しても、心配そうな顔を強めるばかり。終いには、「今からでも遅くないから家に帰ってゆっくり休め」とまで言われる始末だ。伊十郎はがっくりと肩を落とす。
そして、伊十郎の視線は自然と凪沙の方へと向かう。凪沙は静かに本を読んでいた。先日亡くなったと聞かされたばかりなので、どうしても彼女の方に目をやってしまう。
凪沙に話しかけようかとも思ったのだが、「あなたは約3週間後の8月1日には亡くなっています」なんて言われて誰が信じるだろうか。きっと、不審者扱いされて終わりに決まっている。
そういった理由も相まって、伊十郎は凪沙に話しかけられずにいた。
そんなこんなで、気がつけば放課後になっていた。当然ながら今日の授業の内容は一切頭に入ってこなかった。だが、そんなことは今は重要ではない。
「おーい伊十郎。一緒に帰ろうよー」
季祥の明るい声が教室に響く。
季祥と翔太郎が、伊十郎の机の前に立っていた。
「来栖。今日はずっと上の空だったが、本当に大丈夫か?」
翔太郎が心配そうにこちらを見る。
「あぁ……大丈夫……なハズだ」
「歯切れ悪いねー。ホントに大丈夫?」
季祥は首を傾げる。
今日は心配されてばかりだな、と内心で苦笑する。
しかし、現実でこんな非日常的な事が起きているのだ。平常心を保っていろと言われる方が難しい。
「ねぇ、来栖くん」
気づくと、目の前には凪沙が立っていた。凪沙は相変わらず無表情で何を考えているのか読み取りづらい。
「ちょっと話があるんだけど。いいかな?」
凪沙は上目遣いで言う。伊十郎としては願ったり叶ったりだが、先約がある。どうしたものかと、困惑気味に友人たちに目をやる。
すると、季祥はコホンと咳払いをした。
「あー……僕達、用事があるのを思い出したよ―。ね? 翔太郎」
「……あぁ、そうだな。来栖、俺と季祥は今から用事を済ませに行く。俺達のことは気にするな」
季祥は、伊十郎のそばを通りながら小声で、「じゃっ、頑張ってね」と耳打ちした。
「はぁ?」
伊十郎が何か言い返す前に、2人は足早に教室を出ていった。季祥は最後にウィンクをして去っていく。きっと何か良くない誤解をしているに違いない。明日の説明が面倒くさそうだ。
「言い忘れたことがあった」
突然、翔太郎が教室に戻ってきた。
「お前、今日はさっさと寝ろよ。じゃあな」
そう言って、翔太郎も教室を去る。きっと、翔太郎は今日一日の伊十郎の様子を見て、心配しているのだろう。伊十郎は翔太郎の優しさを感じた。
「君の友達は愉快だね」
凪沙はポツリと呟く。
「あぁ。いつも助けられてばっかだよ」
「羨ましいな」
夏風に揺れるカーテン。部屋には、伊十郎と凪沙しかおらず、他の生徒は皆下校したようだった。
教室には、セミの鳴き声だけが響き、あとは伊十郎と凪沙の息遣いのみが聞こえる。
「じゃあ行こっか」
凪沙が静かに言った。伊十郎は無言でうなずき、凪沙の後ろを着いて歩いた。
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