第3話 ?月?日

 夏の日差しが窓から差し込む中、伊十郎はようやく目を覚ました。


 時計を見ると、針はもう正午を指している。伊十郎は目をこすりながら、もう一度布団に潜り込もうとした。


 が、その時、強烈な違和感が伊十郎を襲う。


「ちょっと待て……なんで俺、自分の家にいるんだ?」


 昨日は、季祥と一緒に翔太郎の家で夕飯を食べた。そして、皆でゲームなどしているうちに眠くなって、結局翔太郎の家に泊まったはずだ。


 なのに、今伊十郎が起きたのは自宅だった。自分でも気づかないうちに自宅に帰ってきたのだろうか。しかし、自分は夢遊病ではない。


 不安げにスマホを手に取ると、翔太郎と季祥から大量の着信とメッセージが。


「なんだよこれ……」


 戸惑いながらロックを解除しようとした瞬間、スマホが鳴り響いた。

 相手は季祥からだ。もしかすると、いつの間にか自宅に戻った自分を心配しているのかもしれない。伊十郎は迷わず電話に出た。


「あっ、よかった。生きてたんだ」

「相変わらず、失礼なやつだな」

「それより――」


 季祥の声が途切れる。


「ちょっと、翔太郎! これ僕の携帯だからね!」

「おい、来栖」


 翔太郎の低い声が聞こえてきた。


「お前なんで今日学校来てないんだ?」


 伊十郎の頭の中に大きな疑問符が浮かぶ。


「は? 学校?」


「別にズル休みならそれでいい。だが、ここまで連絡がつかない流石に俺達も心配する」

「そうだよ! 先生が伊三郎の親御さんにも電話したけど、繋がらないって言ってパニクってたんだから!」

「ちょっと待て。お前ら何言ってんだ? 昨日確かに登校日だったけど、今日からまた夏休みだろ?」


 電話の向こうで沈黙が降りた。


「翔太郎……ちょっとこっち来て」


 季祥の声が小さくなる。


「あぁ」


 翔太郎の返事も小さい。

 電話の向こうで、二人がコソコソと何か話し合っているのが聞こえる。


「伊十郎……引きこもりすぎて頭がおかしくなっちゃったのかな?」


 季祥の声が心配そうに漏れる。


「……どうだろうな。だが、アイツの頭の中が今、夏休み真っ只中なのは間違いなさそうだ」


 翔太郎の声も真剣だ。


「あぁ……可哀想な伊十郎……」

「お前ら全部聞こえてるからな?」


 伊十郎は呆れながら言う。


「てか、お前ら学校にいるのか?」

「何当たり前のこと聞いてんの。それ以外にどこにいるってのさ」


 季祥の声には呆れが混じっている。


「部活か?」

「いや、今日部活行く予定だけど、今じゃないよ」


 おかしい。何か会話が噛み合っていない。伊十郎の混乱は深まるばかりだ。


「あぁ、そう言えば言い忘れてた。翔太郎、昨日はありがとう。飯美味かったよ」

「待て、お前一体何の話してんだ?」


 翔太郎の声は明らかに動揺している


「何って、そりゃ昨日お前らと一緒に飯食っただろ?」

「翔太郎……」

「……あぁ」


 二人の声は暗かった。


「伊十郎。お前今日はもう休め」


 翔太郎の声は急に優しくなった。


「僕もそれがいいと思う。ゆっくり休んで」


 季祥もそれに同調する。

 なんだろうこの妙に優しい態度は。伊十郎は首をかしげる。


「担任には俺から報告しておく。だが、一応お前からもあとで連絡しといたほうがいい」

「うん、そうだね。んじゃっ、お大事にね―」

「待て。何の話だよそれ」


 伊十郎は叫ぶが、電話はすでに切れていた。


「あいつら、一体どうしたってんだよ……」


 伊十郎は呟きながら頭を抱える。やはり、直接学校に行って真相を確かめるしかないようだ。


 ベッドから飛び起きた伊十郎は、急いで制服に着替えた。階段を駆け下り、玄関で靴を履く。そして、ガレージに置いてある自転車に跨ると、前カゴに荷物を乱暴に投げ入れ、学校へと全速力でペダルを漕ぎ出した。





 学校に到着した伊十郎は、驚きのあまり目を見開いた。自転車置き場には大量の自転車が、靴箱には所狭しと靴が並んでいる。


「まるで夏休み前みたいだな。今日は大規模な補習でもあんのか?」


 しかし、補習があるなんて話は聞いていない。現に、自分は並の中くらいだし、翔太郎も季祥も学年では上から数えたほうが早い。やはり、2人とも部活のために学校に来ていたのだろうか。


 静まり返った廊下を歩きながら、伊十郎は自分の教室を目指す。どの教室にも生徒が溢れ、教壇には教師が立って授業をしている。生徒の人数といい、どう見ても補習には見えない。


 自分の教室に着いた伊十郎は、一度深呼吸して後ろのドアを開けた。


 ガラガラとドアの開く音に、クラスメイトの視線が一斉に集まる。伊十郎はそれらを無視して、自分の席へ向かう。翔太郎や季祥とも目が合うが、2人とも心配そうな顔でこちらを見ている。


 ふと、前の席の方を見ると、そこには凪沙が、驚いたような伊十郎を見ていた。まるで、死人でも見たかのように。


「……は?」


 伊十郎は驚きのあまり言葉を失う。

 有り得ない。視線の先の少女はもうすでに、この世にいないはずなのだ。なのに、伊十郎の眼の前にはしっかりと肉体を持って存在している。


 凪沙の足を見るが、スラリと伸びた生身の足がそこにあるだけで、床に着いている。どうやら幽霊というわけではないようだった。


 恐る恐る、黒板の方を見る。そこには、今日の日付がこう書かれていた。









第3話 :『7月9日』

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