プロローグ③ 8月1日
夏休みに入っても、伊十郎の生活はさほど変わらなかった。用事があるときだけ学校に行き、それ以外は家でNIGHTMA:RE HUNTEDに没頭する日々。気がつけば夏休み中盤に突入し、 登校日がやってきた。
伊十郎は、いつもより遅れて教室に滑り込んだ。昨日は、すっかり忘れていた本日提出の課題たちと明け方まで戦っていた。だから、携帯に仕掛けた7つのアラームの6つは貫通し、最後の1つ 、出発ギリギリのアラームでようやく起きることができた。
教室は久しぶりに再会したクラスメイト達の話し声で賑わっていた。生徒たちは机に身を乗り出して、隣の席の友人と笑い合いながら話している。夏休みの間に溜まった話題を、みんな思い思いに語り合っているようだ。
しかし、伊十郎は違和感を覚えた。ざわめく教室の様子がいつもより違うような気がする。言葉で表現するのは難しいが、まるで皆が何か怯え、それを共有したがっているような――。
伊十郎は、凪沙の席に目を向けた。今の今まで、夏休み前の出来事も完全に記憶から抜け去っていたことに気づく。
彼女はまだ教室に来ていなかった。
珍しいことだった。普段なら、朝早くに登校し、自席で本を読んでいるはずなのに。ホームルームには、まだ時間があるものの、この時間に来ていないのは異常だった。今日は休みなのだろうか。
伊十郎が不審そうにクラスを見回していると、二人の男子生徒が話しかけてきた。
「やっ、
クラスメイト兼友人の
「俺の名前は伊十郎だ。伊三郎じゃない。夏休みの間、甘いもんばっか食ってるから、とうとう脳ミソまでおかしくなったんじゃないのか?」
「十数年前のゲームをひたすらやり込んでいる狂人の君には言われたくないなぁ」
糸目も相まって、本当に笑っているのか分からない表情で季祥は言う。
「おい、来栖」
同じく友人の
「夏休みの間、ちゃんと飯食ってなかっただろ。ちゃんと飯は食え」
「お前は俺の親か?」
「でも、翔太郎の言っていることも事実だと思うよー? だって、今の伊十郎僕より細いもん」
「言っとけ」
こんなことをしている場合ではない。伊十郎は、二人に自身の疑念について尋ねる。
「そう言えば、お前ら。――何か今日変じゃねぇか?」
「どういう意味だ?」
「いや、なんかみんな落ち着かない感じっていうか……」
「あぁ――それはね……」
季祥が話し始めようとした瞬間、教室の扉が勢いよく開いた。
そこにいたのは中年の女性。担任の小林だった。
「皆さん席についてください」
小林の言葉に従い、生徒たちは皆静かに自分の席に戻っていく。
「皆さんおはようございます」
小林は重々しい表情で続けた。
「急ですが、これから皆さんにお話しなければならないことがあります」
教室が静寂に包まれる。小林は深く息を吸い、静かに話しだした。
「このクラスの椎名凪沙さんが……」
小林の声は震えていた。
「先日、遺体で発見されました」
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