プロローグ② 7月9日

 来栖伊十郎くるす いじゅうろうは、その日高校を休んだ。


 特に理由は無かった。いじめられているわけでも、学校に馴染めていないわけでもない。ただ単純に学校に行くのが面倒くさくなっただけ。それだけなのだ。


 これは世にいう「ズル休み」というやつだ。だが、もうすぐ夏休みなのだから、ちょっとくらいフライングしたところでバチは当たらないはずだ。


 離れて暮らす両親に、メッセージアプリを通して、今朝体調が悪いから学校に連絡するよう頼んだ。両親は伊十郎のことを心配しつつも、二つ返事でそれを了承してくれた。


 両親を騙すことに罪悪感を覚えたが、「これが最後」と自分に言い聞かせ、罪悪感を飲み込む。けれど、しばらくしたらまたズル休みしたくなるかもしれない。だが、それは未来の自分次第だ。


 伊十郎は誰もいないカーテンの締め切った暗いリビングに一人座っていた。ジュース片手にソファに深く腰掛け、いつものゲームを起動する。


 伊十郎が愛してやまないビデオゲーム、『NIGHTMA:RE HUNTED 』は10年以上前に発売された作品だ。それでも未だ根強いファンが多く、やりこみ要素も豊富だ。そのため、未だにオンライン人口もそこそこに多く、もちろん伊十郎もそのうちの一人だった。


 このゲームは、悪夢の世界に囚われた主人公が、銃を使って戦いながら悪夢を終わらせるため奔走する物語だ。伊十郎はこのゲームを購入してからずっとプレイしており、毎日高校から帰宅したら寝る間を惜しんで遊んでいる。


 伊十郎はいつものように、画面の前に現れた敵を次々と狩り続ける。何十回も繰り返しているうちに、敵の出現タイミングもアイテムの場所も全て頭に入っていた。どんな敵が出てきても簡単に倒せるし、最短ルートも完璧に把握している。


「……何か楽しくねぇな」


 伊十郎はため息交じりに呟く。


 このゲームで遊ぶことで、いつもそれなりの充実感を得ることができている。だが、今日は特に単純作業のようだった。伊十郎は、なぜこんな古いゲームを延々とプレイしているのか、自分でもよく分かっていなかった。でも、他にすることもない。だから今日も、学校をサボっても、このゲームで遊んでいるのだ。


「……今日のところは止めとくか」


 伊十郎は諦めたようにボヤく。

 ゲームセーブをした後、ゲーム機をスリープモードにしてコントローラーをソファに乱雑に投げる。投げ出されたコントローラーはソファの上で一回バウンドして、裏返しのまま止まった。


 伊十郎は、その様子を虚しげに見つめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る