DieBreak; One More Bullet

不労つぴ

プロローグ

プロローグ① 7月10日

「ねぇ、来栖くるす君」


 教室に入り、伊十郎いじゅうろうが椅子に腰を下ろしたその瞬間、クラスメイトの椎名凪沙しいな なぎさが突然伊十郎に話しかけてきた。

 ライトブラウンのセミロングヘアをなびかせ、すらりとした姿で立つ彼女の姿は、さながらモデルのようだななどと思った。


「お前確か……椎名だっけ。俺に何か用か?」


 凪沙は同じ2-Cの同級生であるが、伊十郎とはほとんど接点がなかった。彼女はいつも休み時間や昼休みも教室で一人で本を読んだりして過ごしていた。他のクラスメイトと楽しそうに話す姿など今まで見たこともない。


 伊十郎も彼女と話したことがあるにはあるのだが、それでも一言二言程度である。だから、突然凪沙が話しかけてきた理由が伊十郎には分からなかった。


「何で昨日休んだの?」


 凪沙の声は冷たさを残しつつも、どこか押し付けがましさを感じさせない、不思議な説得力があった。


「……別に」


 伊十郎は視線を凪沙から逸らし、少し間を置いて続けた。


「椎名には関係ないだろ」


「いいから答えて」


 凪沙の声には決して逃げ道を許さないような鋭さがあった。

 彼女は自分が答えるまでこの問答を続ける気だろう。伊十郎にはそんな漠然とした確信があった。


「はいはい、分かったよ」


 伊十郎は諦めたように大げさに肩をすくめた。


「お察しの通り、サボりだ。これで満足か?」


「なんでサボったの?」


 彼女の瞳には単なる好奇心以上の何かが宿っているようだった。

 伊十郎は深いため息をつく。どうも、目の前の少女と話しているとやりづらさを感じてしまう。


「特に理由なんてねぇよ。誰にだって学校に行きたくない日ってあるだろ? 俺にとって昨日がそうだっただけだよ」


「……そう」


 凪沙はしばらく黙って伊十郎を見つめた後、何か言いかけて止めた。そうして、凪沙は静かに踵を返し、伊十郎に目もくれず自分の席に戻っていった。


「……あいつ、礼の一つも言わずに去っていきやがった」


 伊十郎は凪沙の後ろ姿を呆れたように見つめながら、小さく呟いた。

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