鋭い秘書

 社用車以外で俺が運転する車に誰かを乗せたのは、家族以外だとこの目の前にいる酒井以外、この三年間誰もいなかった。

 そう考えると、酒井が言うように特別な枠に入るのかもしれないが。

 別に二心あったわけでもないし、終電を逃した職員を無視するのも可哀そうな気がしただけ、それだけだ。


 数日前の会話を思い返す。

 車内だから当然密室とも言える状況だったけれど、これといって特別な関係と言えるほどの会話をしただろうか?

 確かにプライベートなことを次から次へと質問されたが、大して問題ではないように思う。

 あの時、『彼女』というワードに正直動揺したのは確かだ。ASJの職員なら大概の者が、俺と元彼女あいつの関係を知っているだろう。

 だが、自社の職員ではないあの医師が、そんなプライベートな部分を知る由もなく。だから、あんな風に直球な質問をして来たのだろう。


「さっきの医師と、何かあったんですか?」

「……へ?」


 あれこれ考えながら歩いていたら、突然酒井が背後から質問して来て、思わず足を止め振り返ってしまった。


「ポケットに手を入れているので」

「……」


 俺が考え事をしながら歩く時、無意識にポケットに手を入れる癖がある。

鋭い酒井はそれ気づき、その先を突いて来た。


「そういえば、特別塗装機の企画はどうなった?」

「まだ詳細が上がって来てませんが」

「催促したのか?来週早々に会議開くから、すぐに準備させろ」

「来週ですか?!間に合いますかね……?」


 酒井に要らぬ詮索をさせぬために、無理やりに話題を変えた。


 不定期で機体にラッピング広告の塗装を定期的に行っている。

これは、キャンペーンや話題性にかけたもので、一機あたり塗装のみで数千万円。

決して安い金額ではない。けれど、それを超える収益が見込めるため、戦略企画は欠かせない。


「暫く残業になるぞ」

「えぇ~~」

「文句言うな」

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