彩葉の過去
関係者以外立ち入り禁止区域に駐車してある財前の車。さすが、最大手航空会社の御曹司というだけあって、本革シートの最高級セダン車。その助手席に座った彩葉は無意識に緊張していた。
財前には軽くあしらうために口走ったけれど、内心は心臓が早鐘を打っている。
男性が運転する車で二人きりになるのは、約二カ月ぶり。
彩葉がシートベルトを締めると、車は静かに走り出した。
*
医学部時代から付き合っていた彼は同じ大学病院の脳外科医として勤務していて、外科医を志す者同士、意気投合して、学生時代から周りが羨むほど仲が良かった……
一年前までは。
白星会医科大学のとある理事の娘がイギリス留学から帰国し、結婚相手として彼に白羽の矢が立ったのだ。
交際七年という長い年月で築き上げた信頼関係が壊れるのは、一瞬だった。
理事から准教授のポストでも約束されたのだろう。
『結婚することにしたから』とあっけらかんとした態度で別れを告げられたのだ。
毎日のように手術に追われ、納得のいくまで話し合えたかと言えばNOだが、それでも出された結論の答えに自分との未来が無いことを知った彩葉は、移動願を出した。幸いにも、空港病院が医師不足ということもあって、彩葉の移動願は直ぐに下りた。
それ以来、こういうシチュエーションになること自体を避けて来た。
心配した友人が男性を何人も紹介してくれたが、暫く恋愛は遠慮したくて、やんわりと断り続けている。
別に恋愛に発展する、しないの問題ではなく、何かの度に元彼を思い出してしまいそうで。うじうじと想い出に浸りたくなくて、第一線で活躍する外科医としてのキャリアを捨てるような形で空港病院へとやって来た。
***
「そう言えば、昼間の妊婦さん、どうなりましたか?」
首都高速を走行中の車内。無言の重圧に耐えきれず、彩葉は口を開いた。
「適切な処置のお陰で、早産にならずに済んだそうです」
「それは良かったぁ」
本来八カ月なら出産しても何とか生命は維持出来るラインだが、多胎児となればリスクが高い。母体と胎児の生命の危険が大幅に増すからだ。
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