思いがけない提案

 午前零時二十五分。

格納庫から院内に戻った彩葉は、大きな溜息を吐く。


 羽田空港第三ターミナル発の京急線は最終が零時十三分。

既に過ぎている為、間に合わない。リムジンバスも既に無い時間帯。

電車通勤の彩葉が自宅に帰るためには、タクシーしか残されていない。

タクシーだと自宅がある新宿まで、一万円超。空港内のホテルに宿泊するなら一泊およそ二万円。どう考えても高すぎる。


 一人暮らしの彩葉は実家が名古屋にあるため、両親も頼れず。兄はいるが、海外赴任中のため、これまた頼れず。

 スマホのアドレス帳をスクロールして迎えに来てくれそうな人を探すが、さすがに零時を回っているため、連絡するのも躊躇する。


(ここに泊まろうかなぁ)

 視線の先には患者が使用するためのベッドがある。幸いにも季節は夏だから、寝ること自体に問題はなさそうだ。

 国際線のターミナルだからトランジットで滞在する利用者もいるため、完全に締め出されることは無い。けれども、黙って寝泊まりするわけにもいかず。


「報告だけしてくるか」


 彩葉は重い腰を上げ、『もしかしたら従業員用の宿泊手続きをして貰えるかも?』と淡い期待を抱きながら、管理部へと向かった。


***


「――――というわけで、終電を逃してしまい、帰るに帰れないので院内に泊らせて頂きます」


 彩葉は時間外使用許可申請書に記入しながら担当者に説明していると、横から手元の用紙を覗き込む人影が。


「一人で?」

「ッ?!……はい」

「自宅はどの辺り?」

「はい?………新宿区ですけど」

「では、送りますよ?」

「………え、いいんですか?」

「えぇ、自宅がそれほど離れてないので」


 突然の美声に驚いたのもつかの間、思わぬ提案に彩葉の手が止まった。その人物こそ、日中に業務会話を交わした、財前だった。

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