財前の過去
操縦士にとって、身体に異常をきたすのは致命傷。
それが、眼とあってはかなり深刻だ。
国内有数の病院で検査するも、診断結果は変わらず。
幸いにも悪性では無いため、経過観察しながら治療を継続することになったのだ。
症状として、目の痛み、視野が狭くなる、視力の低下、複視(物が二重に見える)、流涙(涙が止まらない)など様々。
多少の視力低下であれば対処のしようもあるが、視野が狭くなったり、物が二重に見えるなどは論外。
操縦士としての航空身体検査に合格出来なくなる。
財前は手術も視野に入れ治療方針を医師に相談したのだが、腫瘍が出来ている箇所が悪く、手術をしても成功する確率が限りなく低く、失明の恐れもあるという。
当時まだ二十八歳。
家業でもある最大手の航空会社を継がなければならず、リスクの高い手術に挑戦する決断は財前には出来なかった。
両親と幾度となく話し合い、空から地上に降りて、家業を継ぐことにしたのだ。
そんな状況を恋人に全てを打ち明けた財前であったが、『操縦士を辞めて、社員として働く』と伝えた途端、別れ話が浮上した。
彼女にとって、財前は最年少機長有力候補であり、最大手航空会社の御曹司でもあるという筋金入りの肩書が魅力だった。
操縦士でもなく、『社長になる』と言われたわけでもなく、『社員』という言葉に即座に反応したのだ。
別れて三年経った今でははっきりと分かる。
お互いに心から好きだったのではなく、完璧すぎる環境に惚れていたのだと。
そんな彼女(
しかも、再来月に挙式を控えているという。
財前にとって思い出したくもない過去と触れられたくない心の傷だ。
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