第18話


 RNAが先でも、タンパク質が先でも、両方が絡まり合ってできているリボソームの起源は説明しにくいのだとしたら、両方が共存してともに進化しきた可能性があるのではないか、というのが一つの見立てだった。


 RNA、つまり核酸の紐と、ペプチド、つまりアミノ酸の紐、2種類の紐が共存している世界があったと仮定して、2つが同時に存在することがそれぞれの進化にとって有利だったということが証明できれば、タンパク質とRNAからなるリボソームができた過程も分かるはずである。


 そして、そもそも、地球の生命が核酸とタンパク質の2つの紐をかくも見事に協調させて使っていることの説明もできるはずであると、考えていた。


 これまでの過去の実験事例から、RNA自体が折りたたまって、それ自体、触媒活性を持ったり(リボザイム)、特定の分子に結合能力があるもの(アプタマー)が見つかっている。


 つまり、それらは、原始地球でRNAワールドがあったという時に引き合いに出されるものである。


 しかし、RNAだけよりも、タンパク質も一緒にあると、より適応度が高くなるような状態を示したい。



 彼女はそう言うと、何か書くものがないか?と聞いてきた。


 テーブルの引き出しの中にあったノートとボールペンを渡すと、空いたページになにやら図表を描き始めた。



 「3次元の座標がまずあって、その「底面」から山がいくつも立ち上がるの。こういうのを“適応度地形”って呼ぶ。縦の軸は『適応度』といって、どれくらい分子が環境に適応しているか、この場合は、RNAの機能の高さを測った尺度だと解釈してくれればいい。そして、横軸というか底面は、配列空間って言うの。たとえば、RNAの配列に応じて、この底面に点を打てるわけ。いい?それぞれのRNAについて『適応度』を見ていくよ?『適応度』の尺度には、ここでは、RNAがエネルギーの共通通貨といわれるATPという物質と結合する能力を考えるね?最初のスクリーニングをすると、結合能が高いものが小さな山として立ち上がって見えてくるから、今度はそういった能力が高いものを集めて、またスクリーニングするというサイクルを繰り返す。すると、最終的にある程度高い山がいくつかできてくるのがわかるよね?こうやって見ていくと、RNAの機能が高いものの配列がとれる」



 ここまではRNA単独での話で、既存の研究があるそうだった。


 RNAワールドでも、たとえばATPとの結合能が高い方が分子の生存に有利であるならば、そういった「適応度」が高いものが選ばれて残っていくことが観察できる。


 彼女が教えてくれたのは、ここに同時にペプチドの紐があったらどうなるか、ということだった。



 「結局、環境中を考えると、RNAのような複雑な分子がそれ単独で存在しているなんてことはあり得ないの。RNAがある世界では、それよりも出来やすいペプチドはもうあったはずなんだ。RNA・プロテインワールド、つまり両方の紐が共在していた世界ね?そういう前提で考えると、RNA単独では見られなかったようなところにも山が立ち上がってくるはず。そうなると山の裾野同士がオーバーラップする場所がでてくるかもしれない。そうすると一つの機能に対して、より高い山に登りやすくなる、つまり“進化が連続的に起きやすい”ということでもある。RNA単独、ペプチド単独よりも、両方存在する時により連続的な高分子の進化が成り立ちやすいんだということを示せれば、ながらく謎だったリボソームの起源にも近づけると、研究者は考えてた」



 「紐」ができたり、それらが共進化したりという、生命のシステムに必要なことばかりだけれど、何かが足りない。


  いったい何だろうか、と、考えていて、科学者はふと気づいた。


 足りないのは「形」だ、——と。


 生き物である、生命である、という時には、シロナガスクジラみたいに大きなものにせよ、大腸菌のように小さなものにせよ、すべて「形」がある。


 形がないと境界がなくなって、「これは生命だ」といえなくなるのではないか?


 例えば膜がないと生命じゃないという立場もある。


 それは理にかなっていて、つまり自己と他己を分ける境界線が膜であるため、それがないと、大きなスライムみたいなかたまりの中でいろんな分子のやりとりをして……



 科学者は考えていた。


 自己と他者の区別がつかない状態でも、生命のシステムが動いている状態というのは想定できる。


 しかし、そんな中から、くっきりとした「個」が登場するというのはどう考えればいいのだろう?と。

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