第10話


 カーテンを閉め、身を埋めるようにソファに座る。


 プシュッと言う音が部屋に広がった。


 ビールを開ける音だ。



 「おいおい!」



 何?と、彼女はやはり平然としている。


 それ、俺のビールな?


 何勝手に持ち出してんだ??


 人ん家の冷蔵庫を勝手に漁るなって親に教わらなかったか?


 …って、その前にコイツは不法侵入者だった。


 冷蔵庫を漁るとか以前の問題だった。


 ぷはぁっという快楽の声が聞こえる。


 寛ぎの度合いが半端じゃない。


 俺は気が気じゃないってのに。



 「…なあ、もう一回話を聞かせてくれないか?」


 「そうだね。何から聞きたい?」



 …何からって


 そりゃ、色々だろ


 聞きたいことがありすぎて逆に困る。


 整理しようにも整理できない。


 まず、彼女が本当に「アカリ」なのかっていうことは、疑問の残るところではあった。


 俺の記憶が正しければ、彼女はアカリに違いはない。


 顔はもちろん、声や雰囲気も。


 身分証を見せて欲しいと言ったが、断られた。


 だから何か証明するものは?と聞いたんだ。


 どうしても信じられなかったから。



 「証明するもの?」


 「…おう。なんかない?」


 「信じられないの?」


 「信じられないっていうか、…まあ、そうだな」


 「…うーん。じゃあ、“初体験”の話は?」



 …は、初体験!?


 声が詰まる。


 喉から何かがこぼれ落ちそうになる。


 「初体験」。


 その言葉の意味を、すぐに理解することはできた。


 そうだ。


 俺は齢14歳にして、“童貞”を失った。


 中3の時だった。


 彼女と付き合って、一週間が経とうとしていた時だった。


 彼女の家に呼ばれて、それで…



 「…ちょ、ちょっと待て!」


 「何?」


 「…いや、そのッ」



 急に恥ずかしい気持ちになるのはなんでだろう。


 童貞を失った。


 ただそれだけの話じゃないか。


 …ただ、あんまりいい思い出じゃなかった。


 …いや、まあ失敗したっていうか、不甲斐なかったっていうか



 「…プッ」


 「…なんだよ」


 「いや、変わらないなーと思って」



 彼女はそう言いながら、クスクスッと笑う。


 変わってないはずがない。


 あれからもう10年も経つんだ。


 この10年間、色々あった。


 良いことも悪いこともあれば、人生が変わるようなこともあった。


 とにかく、数えきれないほどの出来事があった。


 高校じゃ悔しい思いもたくさんしたし、初めて、自分の「夢」がなんなのかって、考えてしまう時期もあった。


 進学して2年目を迎える頃には、料理人を辞めてしまおうかって思うこともあった。


 自分には才能がないって気づいたんだ。


 俺は親父のように、料理が好きで好きでたまらないってわけでもなかった。

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