第9話
…とりあえず、もう一回話を聞こう。
シャワー室から出てきた彼女は、濡れた髪をバスタオルで拭いていた。
入るのは構わないが、自分の立場を分かってる…?
…言っとくけど、絶賛「不審者」であることに変わりはないんだぞ??
それと、銃刀法違反。
ポケットナイフは多分規制に引っかからないかもしれないが、俺にそれを向けた時点ですでに“犯罪”だ。
悪いけど、没収させてもらう。
俺は身構えるだけ身構えていた。
一瞬逃げ出そうとも思った。
…ただ、どうしてもその気にはなれなかった。
そりゃ怖いよ?
知り合いとは言え、勝手に家に入り込んだヤツがナイフを持ってたんだ。
しかも「警察を呼ぶな」ときた。
どう考えてもおかしいし、野放しにしておくのは危険すぎる。
だけど、相手はただの知り合いじゃなかった。
あの「アカリ」だった。
学生の頃は、ずっと彼女のことを考えていた。
“ずっと”って言うと語弊があるか…?
いや、そうでもないな。
彼女は初恋の相手、…であると同時に、一躍「時の人」になった有名人だった。
「有名人」って言うと、なんか変な感じだな。
少なくとも、いい意味での有名人じゃない。
なにかすごいことをやったとか、そういうニュアンスじゃなくて。
10年前、彼女が“失踪した”って聞いて、少なくとも旭川市は大騒ぎだった。
全国ニュースに載ったくらいだった。
周りの友達も、知り合いも、みんな気が気じゃなかった。
俺もその1人だ。
街の捜索隊の人たちと一緒になって、何日も歩き回った。
ずっと変な噂が飛び交ってた。
誰かに攫われたとか、犯罪に巻き込まれた、——とかで。
「げ!」
思わず、声が出る。
よく見ると、彼女は俺のTシャツとパンツを履いていた。
脱衣所の棚に畳んでいたものだ。
サイズは全然違うし、見るからにブカブカだ。
自分の服は全部脱ぎ捨てたようだった。
それをさも当たり前のように、彼女は振る舞っていた。
「カーテン閉めてもいい?」
「…え?」
「カーテン」
…あ、ああ
いいけど…
誰かの目を気にしているような感じだった。
俺ん家のアパートは新築で、まだ3年くらいしか経ってない。
ボロいアパートに住むのが嫌だったから、少し高いけど綺麗な場所にしようと思ったんだ。
ただ、市街地だとバカ高いから、少し離れた場所にと思って、ここを見つけた。
だから、周りは市街地に比べると閑散としていた。
あるとしたらスーパーとかコンビニくらいで、交通量だってそんなにない。
閉めようが閉めまいが、誰も見る奴なんていないぞ?
ここら辺の住人はみんな寝るのが早いんだ。
向かい側の早川さん家なんて、10時になったら電気が消えてる。
夜勤にでも行ってんのかと疑うくらい静かだ。
物音だってしないし。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます