第5話


 「…ヒッ!」



 彼女の手にしているものが「ナイフ」だと分かった途端、腰が抜けた。


 血の気が引くような感覚が、全身を襲った。



 …こいつはマジでやばい「不審者」だ。



 相手は俺よりも背が低いし、華奢な女の子ではある。


 けど、足に力が入らない。


 気がつくと後ろに壁があった。


 どうやら、ビビりすぎて後ずさってたようだった。


 何か身を防げるものはないか、咄嗟に探した。


 “殺られる”


 不意に掠めた感情は、身の危険に対する防衛本能だ。


 ここで人生が終わってしまう可能性がある。


 最悪の未来が、頭の中に過ぎった。



 (…け、警察ッ)



 スマホを慌てて操作しようとする。


 今俺にできることはなんだ!?


 身を守ることが第一だったが、慌てて手に持っていたのはスマホだった。


 110番…だったよな!?


 そうだよな??


 指紋認証でホーム画面に行く。


 視線がおぼつかない。


 思うように指が動かない。


 焦りすぎてスマホを床に落としてしまった。



 あー、クソっ!


 何やってんだ!俺!



 バンッ



 金髪ギャルは、床に落としたスマホを足で押さえた。


 きめの細い白い肌と、水色のネイル。



 足、長っ



 …って、そんなこと言ってる場合じゃなくて!




 「ごめんだけど、警察を呼ぶのはやめてくれない?」


 「いや、呼ぶだろ!」


 「なんで?」


 「な、なんでって、住居不法侵入罪だから!」



 逆に呼ばない理由を教えてくれる??


 ついさっきまでは単なる「不審者」として対応するつもりだった。


 …ただ、もうそんなレベルじゃなくなってきてた。


 正真正銘のヤバい奴。


 ナイフを手に持ってる奴が目の前にいる。


 …そんなの、今までの人生になかった。


 あっちゃならないことだった。


 緊急事態中の緊急事態。


 生まれて初めて交通事故を引き起こした時よりも、ずっとヤバい。


 アレはアレで死ぬかと思ったが、今回は“次元”が違う。



 「まだ悪いことはしてないんだけど?」


 「は!!?」


 「家に入ったのだって、キミがいなかったんだし、しょうがないじゃん」



 ワッツ????


 この子は何を言ってる??


 まるで俺が悪いみたいな言い草だが、決してそんなことはない。


 パニックになっているとはいえ、物事の分別くらいはつく。


 俺は“悪く”ない。


 そもそも、そんな「議論の余地」は、今の状況において存在しない。


 一方的にあんたが悪くて、俺は不純物の無い100%の被害者だ。

 

 どうやって入った??


 窓ガラスが割れてるような形跡はない。


 鍵がなきゃ、玄関からは入れないはず…


 それに…




 「匿って欲しいだけだよ。ほんの少しだけね?」



 彼女は俺と視線を合わせるかのようにかがみ込み、ナイフを向けてきた。


 匿って欲しいだけ??


 なんで??


 理由は??



 「色々あってね」


 「色々って、なんだよ…」


 「人に追われてるの」


 「追われてる?!」


 「そ。とびきり悪い奴らにね」



 彼女が言うには、この家に入り込んだのは、“国際的な犯罪者”から逃げるため…だそうだった。


 もちろん信じなかった。


 「国際的な犯罪者」ってなんだ??


 そんなやつ、旭川市にいないだろ。


 札幌市ならまだしも、ここはいつだって平和な街だぞ!?


 犯罪なんて年に数回くらいしか起こらない。


 あったとしてもちょっとした万引きとか痴漢とか、数ヶ月で出所できるような軽犯罪ばかりだ。


 「国際的な」って…、よっぽど悪いことしないとそうはならないよな…


 しかもそれに”追われてる”ってなんだ!?


 ツッコミどころ満載なんだが。

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