第2話


 部屋に明かりはついていない。


 まあ当たり前なんだけど。


 まじでアオイ以外に考えられないんだよな…


 この前も勝手に上がり込んでゲームしてたし…


 だけど、仮にアオイだとしたら、さすがに電気くらいはつけてるだろ


 ついてないってことは、誰もいない…ってことだよな…?


 そういうことだよな?



 「アオイ?」



 靴を脱ぎながら、部屋に向かって声をかけた。


 ドアは閉まったままだ。


 曇りガラスがついてるから、中の様子はそれとなくわかる。


 誰もいる気配はない。


 シャワーを浴びてるような音もない。


 

 …まあ、いいか



 もしかしたら、俺が出てる間に誰か来たのかもしれない。


 サンダルが残ってるのは謎だが、あとで聞いてみよう。


 つーか、アオイだろ


 母さんが履くようなガラじゃないし、兄貴のしちゃ小さすぎる。


 勝手に上がり込むのはいいんだが、せめて連絡くらいよこせや。


 人ん家の冷蔵庫を私物化してるのだけは、いつか粛清せねばならん。


 食べようと思った試作用のスイーツが消えてた時は、まじでビビった。


 夢遊病にでもかかったのかと思った。


 飲み物とかおにぎりとか放置したままだし、…おにぎりなんてもう一週間も前だぞ?


 そろそろ捨てていいよな?


 あれ。




 キィ




 ドアを開けて電気を点ける。


 明日も朝が早いから、さっさとシャワーを浴びてゆっくりしよう。


 …ああ、でもダメだ


 今週の土日は休みが多いから、もう一度シフトを組み直さなきゃ


 他に出れるやついねーのかな


 大学が忙しいのはわかるんだけど、やっぱもう少し人数を増やさなきゃダメかも


 とくに朝。


 夕方から出れるって子が多いけど、夕方なんてもうピークを過ぎてるからあんま必要ない。


 欲しいのは午前中かな。


 それか昼イチ。


 パートのおばちゃんがもう1人か2人いればなぁ


 大学生ばっか取っちゃうと、安定してシフトを組むのが難しいっていうか…




 カチャ



 後頭部に、何か触れた。


 “触れた”っていう言い方が正しいのかどうかはわからない


 ただ、確かなのは、頭の後ろに何か“硬いものが当たっている“


 一瞬、頭が固まった。


 ”真っ白”になった。


 意識がどこかに持っていかれるような急激な重力が、糸を引っ張るように背筋に走った。


 ゴムが切れるか切れないかのギリギリまで、伸び切っているあの感じ。


 視線が泳ぐ。


 思わず、足を止めてしまう。


 何が何だかわからなかった。


 頭の中心に占めていたのは、言いようもない悪寒だ。



 予期していない出来事が、突然目の前に通り過ぎるような


 誰かに突然、——肩を叩かれた時のような

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