「第五日:時空の亀裂 ―変容―」
8月16日金曜日、さいたま新都心に5日目の朝が訪れた。しかし、この日の朝は、これまでとは明らかに異なっていた。
午前5時17分、警備員の一人が異変に気づいた。
「あっ! 卵に……亀裂が!」
その叫び声が、静寂を破った。
卵の表面に、かすかではあるが明確な罅が入っていたのだ。この発見は、瞬く間に関係者に伝わり、現場は再び騒然となった。
午前6時、緊急記者会見が開かれた。国立科学博物館の鈴木美咲博士が、厳しい表情で発表を行った。
「卵の表面に微細な亀裂が確認されました。現在、原因の特定と今後の展開の予測を行っています」
この発表は、世界中に衝撃を与えた。SNS上では #卵亀裂 のハッシュタグが瞬く間にトレンド入りし、様々な憶測が飛び交った。
科学者たちの間では、意見の対立が一気に激化した。
「これは孵化の前兆だ!」
「いや、崩壊の始まりかもしれない」
「そもそも、これは生物なのか?」
さいたまスーパーアリーナで開かれた緊急学会は、まるで論争の場と化していた。
一方、街の雰囲気も大きく変わっていた。至る所で「哲学カフェ」と呼ばれる即席の討論会が開かれ、市民たちが熱心に議論を交わしていた。
「この亀裂は、現実の脆さを象徴しているのではないか」
「いや、新たな世界の誕生を意味しているのでは?」
驚くべきことに、これらの議論には、哲学の素養のない一般市民も積極的に参加していた。彼らの中には、突如として哲学的な洞察力を身につけたかのような者さえいた。
芸術の分野でも、卵の影響が顕著に現れ始めた。街のあちこちで、卵をモチーフにしたアート作品や音楽が次々と生まれていた。
さいたま芸術劇場では、即興で作られた「卵シンフォニー」が演奏され、満員の観客を魅了していた。指揮者の山田太郎氏は、興奮気味にこう語った。
「この曲は、卵の神秘性と、我々の内なる創造性が融合して生まれたものです。まるで、宇宙の鼓動を感じるようです」
一方で、「卵信仰」と呼ばれる新たな宗教的動きも急速に広がっていた。
「卵は、新たな世界の始まりを告げる神聖なる存在なのです!」
自称「卵教」の教祖、佐藤誠司氏の熱烈な説教に、多くの市民が引き寄せられていた。
この状況を、さくらは冷静に観察していた。彼女は、様々な立場の人々の声をまとめたドキュメンタリー動画の制作に没頭していた。
「科学者、哲学者、芸術家、そして普通の市民。みんなが、それぞれの方法で『真実』を追求しているんだね」
さくらの言葉には、人間の多様性と、同時にその愚かさへの洞察が込められていた。
夜になると、事態は更なる展開を見せた。
「卵が……光っている!」
目撃者の叫び声が、街中に響き渡った。
確かに、卵の亀裂から微かな光が漏れ出しているのが確認された。この現象に、科学者たちは困惑を隠せなかった。
「これは、既知の自然現象では説明がつきません」
東京大学の田中誠司教授は、記者団に対してそう語った。
一方で、「卵教」の信者たちは、この現象を「神の啓示」として熱狂的に受け止めていた。
そして、この日の出来事は、人々の意識を大きく変容させていった。科学的な思考と宗教的な信仰、理性と感性が入り混じり、新たな世界観が形成されつつあった。
さくらは、友人とのLINEグループでこうつぶやいた。
「私たちは今、人類の歴史上最も重要な瞬間を生きているのかもしれない。この経験が、私たちをどこに導くのか……怖いけど、同時にワクワクする」
彼女の言葉は、この異常事態が引き起こした人々の複雑な心境を端的に表現していた。
5日目の夜が更けていく中、さいたま新都心の街は、期待と不安、興奮と恐怖が入り混じった独特の雰囲気に包まれていた。そして、その中心に、微かに光る巨大な卵が静かに佇んでいた。
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