月の明かりの庭

紀一

序章 庭園

 雨のしとしとと降る十月の朝だ。 僕はきっちりとした服を着た会社員、学生服を着た高校生、自由奔放な人間というような服を着た大学生、 すべてのすれ違う人間を一瞥する。

 夏が終わって天気が急変しやすくなった。だから、ついこの前の誰も彼もがうるさく騒いでいた時期と比べて、見える景色が全く違う。

 雨の日は、とにかく気分が軽い。人が皆傘を指しているから、人とすれ違うときにわざわざ目を合わせなくても良いし、皆僕と違って気分が重いので、とにかく静かで落ち着く。そんな日は、1限目は授業に出席せず、僕だけの庭に向かう。

 

 小さい頃からここで過ごしていた、と僕は椅子に腰掛けて思う。

 小学校に入学したばかりの雨が降る六月、近くの公園で猫を拾った。そのまま捨てることに罪悪感を感じた僕は、こっそりとこの神社の中で猫を飼い始めた。それから僕は毎日下校する途中に猫と戯れて過ごした。

 もともと協調性の薄かった僕は、小学校ではいじめられ、家では母親から毎日怒られた。でも、そんな嫌なことは猫と戯れていたら忘れられた。

 猫の名前はミケ。たまたま見つけたから、ミケだ。


 ある夜、雨が夜、ミケは消えた。ミケが風邪を引かないようにとこっそり自分の毛布を持っていった時、ミケはいなくなっていた。死んだわけでもない。ただ、急にいなくなった。

 毎日毎日ミケを探したけれど、見つからなかった。

 

 それから僕は、嫌なことがあった日の放課後には毎日この庭園で腰掛けてのんびり過ごすことになった。別に何をしているわけでもない。ただ、物思いにふけって、雨の日にはミケのことを思い出して、過ごしているだけだ。

 中学生になると、雨の日には学校に向かうことがしんどくなった。どうしても、雨の日には朝から学校に足が向かない。雨の日には雨の日の独特の匂いがあって、だからその雨の日の色と感情はどうしても合わないからだ。

 

 庭園に入ると、そこにはいつもの雨の日の匂いがした。少し歩いて、池を囲んだベンチに腰掛ける。

 しかし、そこには女性がいた。

 驚いた。ほぼ同じ年齢くらいだ。そう見えた。

 自分と同じような人間がほぼ同じ年齢にいるのかと思った。

 

 

 

 

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