4ページ目 突然の自分語り②
こちらの文章内に登場する特定の人物、団体を侮辱、批判する意図は一切ございません。
また私の家庭環境について触れる機会がありますが、現在そういった部分で悩みを抱えていらっしゃる方がご不快に思われるような表現、描写がございます。お読みになる際は十分にご注意下さい。
文中で発達障がいグレーゾーンの症状やADHDの症状に言及していますが、あくまでも私個人の症状であって、感じ方、捉え方には個人差がありますことをご了承下さい。
それでは長々と大変失礼致しました。
どうぞ以上の点をご理解頂けますよう、よろしくお願い致します。
金銭的な問題もあり、私は五歳から保育園に通うようになりました。その保育園は母の実家からも近く、祖母とよく買い物に行くスーパーの道の途中にありました。
そのため祖母と買い物に行く度に保育園の様子がよく見えたのですが、自分と同じような年頃の子供が遊んでいるのを見て、とても羨ましく感じたのを覚えています。
祖母は二階建ての家の一階部分で居酒屋を営んでいて、毎日十八時に開店していました。
そこからは私と祖父は二階で過ごすのですが、忙しい時には祖父も下に降りて手伝うので、寝るまでの間は借りてきたビデオを観て過ごします。
ちなみに当時よく観ていたのは『ゲゲゲの鬼○郎』『地獄先生○~べ~』『キュー○ーハニー』『美少女戦士セー○ームーン』『学校の○段』でした。ビデオといい、作品のラインナップといい、年齢がバレそう笑
母は仕事をしているため、保育園の送迎ができません。
そのためいつも祖母が歩いて迎えに来てくれていたのですが、自営業をしている都合で迎えの時間が早く、いつも十五時半位に退園していました。
私がいた保育園はお昼寝が十二時半~十三時位から十五時までだったので、おやつを食べたら他の子と遊ぶ間もなく祖母が迎えに来るという感じでした。
時々祖母の用事で迎えが十六時頃になったりもして、そうなるとどうせ最後まで遊べないのなら同級生の輪に交ざって遊ぶのも面倒臭く、掃除をする先生の手伝いをしていました。今思うとひねくれた子供ですね笑
私は子供の頃からかなり身体が弱く、保育園も月の半分位しか行けませんでした。それでも、子供ながらに保育園を楽しみにしていました。
五歳の時、母は私に習い事をさせ始めました。
それがエレクトーンだったのですが当時の私は音楽に一切興味がなく、母に連れられるがままに教室に行きました。
毎週土曜日十時からのグループレッスンで、人数の都合上エレクトーン受講生が私を含めて三人、ピアノ受講生が一人の計四人のグループでした。
土曜日にも午前中だけ保育園があったので、当然そちらで遊びたい私は嫌がりました。
自分がやりたかった訳でもなく、音楽に興味がないのでかなり駄々を捏ねたのですが、母は「あたしが小さい頃やりたかったの! だからアンタにやらせるの! やらせてもらえるんだけ良いでしょ! ありがたいと思いなさい! あたしはやりたくても、家が貧乏でお金がなくてできなかったんだから!」の一点張りで、全く話を聞いてもらえませんでした。
いざレッスンが始まってもやる気のある他の子と違って全く上達せず、この頃から数字に苦手意識があった私は林檎を使った音符、休符の数え方も意味が理解できず、先生と母に毎週のように怒られていました。
鍵盤に触るのも嫌で練習もしないため、ますます怒られるという悪循環に嵌まり、だからといって練習して行っても他の上手い子と比べられ(幼児コースは保護者同伴でした。しかし殆んど毎日のように朝晩働いていた母がこのレッスンにだけ必ず付き添っていたのは、これに関してはかなり本気だったのかなと今更ながら思います)、「もう止めたい」と泣きながら訴えても聞いてもらえずということを繰り返し、五年後の小学校四年生になって、このグループレッスンはようやく終わりを告げます。
他の子達との時間の兼ね合いもあり、ここからは個人レッスンになったんです。
個人レッスンになってからは他の子と比べられることもなくなり、また学年も上がったために親の同伴もないので、少しずつエレクトーンというものを面白く感じるようになりました。
以降は高校卒業までエレクトーンを続けました。
しかし才能があった訳ではなく、元々の始まりも始まりだったので……私自身音楽の道に進むつもりはなかったのと「お金が掛かるから、音大には通わせてあげられない」という母の言もあり、音楽の道に進むという選択はしませんでした。
学校の成績はと言うと……一応は中の上か、上の下位でした。
文系は成績が良かったのですが理系が本当に駄目で、中学生の時に受けた模試では国語の偏差値が七十五に対して数学が三十二というとんでもない数字を叩き出してしまい、学校の先生に「どうにかならないか……?」と困ったように言われたのを、今でも思い出します。
今となると興味のあること、好きなことには集中するADHDの症状の一つだったのかなと思うことができるのですが、当時は何をしても上がらない数学の成績に、毎夜泣きながら勉強していました。
度々解らない所を聞きに行ってお世話になった数学の先生には「頑張ってるのになぁ……何でだろうなぁ」と言われ、母には「何でそんなのもできないの。アタシは成績良かったのに!(母は地元では有名な進学校を卒業しています) 信じらんない! 頭が悪い所も親父そっくり!」と叱られ、空しさだけが募りました。
高校では進学クラスに三年間籍を置いていましたが、学校自体は進学校ではありません。
そもそも進学した高校は志望校ではなく、元は地元から電車で一時間程離れた市にある学校を希望していました。
私の偏差値と志望校の偏差値はほぼ同じ位で、加えて倍率も高く、更には当時その高校は英語と数学に傾斜配点がありました。
数学が苦手な私にとってはそれが不安要素でしたが、それでも「このまま勉強すれば大丈夫だろう」という数学教師の言葉と、他の教科はそれ程問題でもなかったので、ひたすら勉強を続けました。
しかし三者面談で「あなたの成績でこの高校? 滑り止めなしで? 無理無理! 本当に無理!(この台詞は全て実際に言われました)」という、自分のクラスから不合格者を出したくなかった担任の女性教師の発言により、元より滑り止めにお金を出すつもりがなかった母は「担任の先生がああ言うなら本当に無理なんでしょ。諦めな。ちゃんと勉強しなかったアンタが悪い」と、ワンランク下げた志望校に変更さしました。
最終的にはこのワンランク下げた高校に進学したのですが、振り返ってみるとこの高校での学校生活は私の学生生活と呼べるものの中で一番充実していて楽しいものでした。
話は逸れますが私はなるべく時間を決めて行動したいタイプで、受験勉強をしていた時は特にこれが顕著でした。
私は幼少からイラストを描くのが好きだったので、そのため受験勉強の息抜きにもイラストを描いていました。それが二十一時からの十五分間だったのですが、母が実家に顔を出す時間もちょうどその辺りで、受験勉強自体は十八時から始めているものの、帰宅した母が見るのは毎回イラストを描いている私の姿なんですね。
その当時祖父母は既に自営業の居酒屋を閉めて久しく、勉強している孫の部屋に入ってくることも殆んどありませんでした。夕食は一声掛けて、部屋のドアの前に置いてくれるような形です。
祖父は深夜に夜食を差し入れてくれて……この優しさが、私が中学時代に太っていた原因でもあったのですが笑
ほんの数分だけ顔を見せたら団地に帰る母のためにわざわざ自分のルーティンを崩したくはなかったので、私は特に気にもせず息抜きのイラストを描いていました。
心療内科の医師曰く、そういった自分ルール、拘りが強いのもADHDの特徴の一つらしいですね。
三者面談後、どうしても志望校に行きたい私が母を説得しようとした所言われたのが「アタシが帰ると、アンタいっつも下手糞な絵ばっかり描いてるじゃない! そうやって勉強しないで自分のことばっかり甘やかすから、志望校を落とす羽目になるんだよ!」という言葉で、この時急にぶつんと何かが切れたような感覚があったんです。
「この人は私のことなんて何一つ見てないのか。私の性格すら知らないんだ。夜にほんの少ししか会わないから」
「自分が貧乏だったから、私にそういう思いをさせたくない気持ちも一応は理解できる。朝から晩まで働いて、片親なのにエレクトーンを習わせてくれたり、それは凄いと思う。でも元々、エレクトーンは私が習いたくて始めた訳じゃない」
「そもそも、この人が私を認めてくれたことってあった?」
「いつもいつも。子供の頃の自分や、他の子と比べては否定ばっかり。私が何か失敗すると『そういう所、親父そっくり』って、写真でしか知らない父親を引っ張り出してくる。だからって勉強して頑張っても、何か良いことをしても『そんなのできて当然でしょ。アタシはもっと成績良かったし』って誉めてもくれない」
後日志望校のことは祖父母が味方になってくれたのですが「アタシが見てないんだから、それは勉強してないのと同じでしょ」と、母は聞く耳を持ちませんでした。
結局『そもそも勉強をしていない』という点に関しての誤解は解けたのですが、後に私よりも成績が下だった同級生が私が行きたかった志望校に合格したことを知った母は「あの子でも行けたのなら、アンタも行けたのかもね。でもまぁ。一番はアタシが帰って来る時間が解ってるんだから、時間をずらして絵を描くとか、そうやって上手いことやらないアンタが悪いよね」と口にした時には、はっきり言って「いつかこいつぶっ○してやる」とは思いましたね。
とは言うものの、私には反抗期なんてものは一切ありませんでしたが……。
最近では反抗期はあった方が良いなんても耳にしますが、審議の程はどうなのでしょう。ちょっと気になりますね。
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