第4話

「かるはちゃん。暑いから無理しないようにね」


 おばさんがオレンジジュースを持ってきてくれた。


「なにか良いものはあったかしら?」


「んーまだこれといって……」


「そうよね。あの子……変なものばかり集めていたから。将来は博物館でも開くつもりだったのかしら? じゃあ、熱中症には気をつけてね。終わったら勝手に帰っていいからね」


 おばさんはでていった。心配していたけど、この物置、そこまで暑くないんだよね。木陰に入っているし、家のちかくの河川から、冷たい風がながれこんでいる。


 まぁでも喉かわいたしすこし休憩しよう~。オレンジジュースかー。そういえば、小学校の夏休みのプールの帰りに、研究室で冷たいもの食べたなー。あれ、あの時はまだ、ここ研究室じゃなかったっけ? みさおにも純粋な少女時代があったのか……。時の流れとは残酷だね。


(……さみしげな、子供のような視線をかんじる)


 オレンジジュースの氷がカタンと鳴った。オレンジジュースの背後にどんよりと波のように延びていたくらがりは、大きなクマのぬいぐるみであった。クマは私をみていた。


(クマのぬいぐるみ! おもいだした。もうつぶれちゃったけど、商店街のお客ガラガラなゲームセンターのユーフォーキャッチャーの景品だよね)


 ぎゅう~!

 たまらずとびつき、だきついた! 

 うぇ! 埃まみれだ! みさおのやつ、手入れしてなかったな!


 たしか、私がクマのぬいぐるみほしくて泣いていたら、みさおが代わりにとってくれたんだよね……。とはいえ私の部屋には置く場所なかったから、ここに置いたままだった。


(これはもって帰ろうかな? でも、汚いしな……こんなのいらない)


 でも、クマの目をみていると、迷子になった気分になるな……。


(私は……小学校のどこかの夏で、ひとりぼっちだった気がするな。あの日の夜は、雨がふっていて……なにか下らないことで、親と喧嘩して……家出して、行き場がなかった私は、ここにきたんだ。当時の夜はくらやみにひびく雨音がこわくて、私が眠れないとしっていたのか、みさおはこのクマを私の床に横たわらせた)


 ……どうして仲よくなったのかわすれていたけれど、そんな過去もあった。


(なぜ……私はみさおから離れたんだっけ?)


 みさおの笑い声がきこえる。


(そうだ……私はとっくの昔にきづいていた。『魔法なんてない』ってこと。それで、中学に入学した際、私はいつまでも子供の遊びを演じることに哀れを感じ、奇異の目で見られていたみさおから距離をとり、ほかの友達と仲良くした)


 ――園山って子、頭狂っているんでしょ?

 ――自分のこと、魔法使いだって信じているんだよ、きもくなーい?

 ――かかわらないほうがいいよ、私たちまでおかしくなっちゃうから。


 ……あの子たちに私はなんて応答したっけ?


 放課後、カラスの鳴き声がさみしくなる教室で、オレンジ色にそまった、みさおの背は、とってもちいさくみえた。


(それから……みさおは不登校になった)


 すこし破けたクマの手には、一冊のノートが挟まってた……。


『けんじゃの書』

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