第3話

(ア……このペンキは)


 木のテーブルに一斗缶が置いてあった。赤色のペンキだった。わずかにクラクラする香りを放っていた。


 赤色に染まったハエが一匹、零れたペンキに固められ、缶の上に死んでいた。


(そういえば……小学五年くらいの時、このペンキを屋上にバラまいて、みさおの使い魔を呼ぼうとしたんだよね)


 みさおがハマっていたゲームには、必ず使い魔という小型の魔獣がいた……。


 みさおは自称賢者なので「使い魔の一匹くらい雇っておいた方がいいだろう!」ていってたね。


 みさおと私は、まだ春風が心地よい真夜中に、屋上にえっちらおっちら赤色ペンキを運びました。今思えばかなりのアホ……。

 それで、「情報元不明」な魔法陣の模様を屋上に描いた。今思えば頭が沸いてたとしかおもえない……。


 むにゃむにゃと呪文を唱えていた。

 青いような、赤いような、けれど真っ白な大きな月が、私たちを見守るように、見おろしていたのは、なんとなくおぼえている。

 カラスが一匹やって来ただけで、使い魔は現れなかった。

(みさおはなぜか、この魔法は成功したよと誇らしげだったけれど……)

 その代わり見回りの先生が現れて、私たちはこっぴどく叱られたんだよね……。


(いろいろきっかけはあったと思うけれど、あれが彼女の孤独への始発だった。おそらくだけど、みさおは知能に障害があったのだ。皆は関われなかった。そう……異物と汚物は、自身に悪影響を与える可能性があるから、基本は静観がベターなんだ。けれど、あの屋上の事件から、みさおは目にみえて遠ざけられるようになった……)


 魔法使いのマネをしている痛い女の子。


 女子は影でそう噂した。

 男子は「知恵遅れ」なみさおが授業で回答を求められ困っている時「魔法使えよー」「けんじゃ様がんばれー、それ小一レベルの問題でちゅよー」と冷やかした。


 私はそれでも、みさおと仲よくしていたんだけどー。

 ……中学に入ってからは、すこしだけ距離ができちゃったな。


(窓の外の青空に一滴のミルクがこぼれた……白色のひこうき雲がながれてゆく……。世界は狂おしいほどに純白……なふりをしている。

 機械仕掛けであること、さらには不衛生なものを隠そうとしている。

 流れ星……。

 星たちが消える間際にみる世界の色は……綺麗なのかな)


 なぜ……?

 どうして私はみさおと疎遠になったんだっけ……?


(ア……うちわ。

 猫のかわいいイラストがプリントされている、すこし古めのうちわ。

 あおいでみても……アチぃ。熱風しかこないや)


 まぁ、みさおが学校にあまり来なくなったってのもある。

 みさおは学校を「移動式肥溜めの収容場。ずっと同じ空間にいると、賢者の血が汚れてしまうわ」といって、来なくなったんだ。


(みさおが貸してくれた魔法使いの出るゲーム、おもしろかったよね。もうやる人いないのなら、私がもらっておこうかな。さがしてみよう)

 

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