やがて百合となる

菫野

やがて百合となる

月の手がさびしい梨を置いてゆく真夜の厨のくだものかごに


蝉ひとつはだかの胸に置きたればかすかに霊の匂ひ放ちぬ


口といふかなしみのあなすすいでもすすいでも闇無くならぬなり


蜩を喉までつめて生きることつめたき玻璃の水さへ苦き


在りてあらざりし月光たたえゐる夜空の模様の椀を見つれば


あなたの手あなたの口ゆ生まれ出る鳥を探してながく歩きぬ


はかなかる有翼人とすれちがひしのみに鋭きやいば持ちたし


飲食おんじきはさびしからじかまひるしろきうどんに辛き味噌からめゐて


夏の夜蛇口の前にわれわれは水を立たしめ地震なゐに備ふも


時、われの部屋にて幾度狂ひだす時計の針をそとあはせつつ


呼び返すものなき夜も卓上に皿さはなりし そびらの母よ


家ぬちに月半分を置き放ち子らはやさしき笛師を追ひつ


廃校のピアノはやがて百合となるかつてはわれの一部なりしを


眠れずに寝返りばかりしてゐるとそのうち庭になつてしまふよ


ことばは冬の島より夏へと運ばるる手紙としていま銀河境越ゆ

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