第15話

「じゃあ、農家は皆殺しにしないとダメね」

 ティアがバカにしたように言った。


「なんで?」

 ラウルの問いに、

堆肥たいひから爆弾が作れるのよ。知らなかった?」

 ティアが答える。


「もしかして作り方知ってる?」

 ラウルが聞いた。

 知っていたらティアもミールの標的にされる。


「いいえ。知らないけど作れるらしいって話は聞いたことがある。……でも、どうしてミールはあの村に武器があるって分かったのかしら」

「多分、盗賊と戦ってるところを見られたんだろう」


 今は丁度盗賊達が村々に食料を奪いに来る時期だ。

 ケイ達のいた村も襲われたのだ。あの村も襲われたに違いない。

 そのとき手榴弾を使ったのだろう。


 誰が作り方を知っていたのかは分からないが使っているところをミールに見られてしまったのが運の尽きとしか言いようがない。


 しかしルードをミールの隊員が見ていたと言うことは、ミールがこの辺をうろついていると言うことだから見つかるべくして見つかったと言えないこともない。


 貰った食料を食べ尽くした後でも、ティアが探し出す山菜のおかげで携帯食はほとんど食べずにすんでいた。


「これって非常食だよね。やっと本来の役目に戻ったって感じだね」

 ラウルが携帯食を見ながら言った。


 南下してはいるが一ヶ月半もすると徐々に季節が追いついてきた。

 まだ常春の地域までは遠い。


「少し急いだ方がいいな」

 夜間の焚き火はミールの偵察や盗賊の類に見つかる危険があるからなるべくしたくないし、かといって備蓄庫もそうそうあるものではない。


「ね、地平線が光ってない?」

 ティアが言った。


 確かに地平線の辺りで光がちらちらしている。

 もう少し近づくと光の元は水らしいと分かった。

 近くまで行くとやはり水だった。水が地面を覆っていた。


「川が氾濫したの?」

「こんなところまで水が来てるなんて」

 遠くに森が見える。

 森のある辺りが水に沈んでいるのだから相当な規模の洪水のようだ。


「川の上流の方で大雨が降ったんだな」

「どうする?」

 とラウルは言ったが、どうしようもない。

 水が引くのを待つしかないだろう。


 この水がエビルプラント帯にも届いていたとしたら毒が混ざっている可能性がある。

 三人は水から十分に離れた場所で大水が収まるのを待つことにした。


 翌日、洪水の幅が広がったので三人は更に移動した。


 二日後、ようやく水が引き始め、四日後に川が少し増水した程度までに戻った。


 念のため、地面が乾くのを待って更に二日ほど様子を見た後、ようやく三人は川沿いの緑地帯に戻った。


 三人は川沿いの緑地帯を西に向かっていた。

 早く南下したいのだが川を渡れなければどうにもならない。


 川を渡れる浅瀬を探している最中だったが、まだ増水していて相当上流まで行かなければ渡れそうになかった。

 川の水は茶色くて流れが速く、時々倒木などが流されていく。


 ケイは何となくこの辺りに見覚えがあるような気がしていた。

 だが川沿いの緑地帯なんてどこも同じだから既視感デジャヴだろう。


「ね、これ、リンゴの樹よ」

「え?」

 ティアの言葉に振り返ると目の前にリンゴがなっていた。


「この辺の樹、どれも果物がなってる。この茂みはブルーベリーよ。向こうのはラズベリーみたいね」

 果樹の森はかなり珍しい。


 ケイの脳裏を何かがよぎった。

 だが、それが何かは分からなかった。


「この樹、二倍体だわ」

「食べなくても分かるのか?」

「このちっちゃい樹」

 ティアは膝丈くらいの小さい樹を指した。


「これもリンゴの樹よ。実が落ちて種から生えてきたのよ」

 ケイは目の前のリンゴを採ると、ティアに渡した。


 自分でも一つ採って食べてみると確かに種があった。


「ラウルが帰ってきたら教えてあげましょ。今日は果物でサラダを作るわね」


 ケイとラウルは交互に先行して辺りにミールやウィリディスがいないか偵察していた。

 今はラウルが偵察に行っている。

 ケイが答えようとしたとき突然銃声が鳴り響いた。


「ケイ! ティア! 逃げて! ミールだ!」

 その言葉にケイはティアの手を掴むと走り出した。


 背後から走ってくる足音が聞こえてくる。同時に銃弾が頭をかすめた。

 ケイはジグザグに走りながら、この場所を知っているという思いを強くした。


 もし想像通りなら……。


「声を出すなよ」

 ティアにそう言うと樹の影を回ったところで茂みに突き飛ばした。


 ティアが茂みの向こうに倒れる。

 茂みの後ろからティアを受け止めた落ち葉の軽い音が聞こえた。


 ティアは言われたとおり声を出さなかった。


 足音はケイの後を追いかけてくる。

 ティアには気付かなかったようだ。


 ここを曲がったところで……。


 再び樹を回ったところで仰向けになりながら、頭から地面に突っ込んだ。

 穴に溜まった落ち葉は柔らかくケイを受け止めた。

 ケイの身体が地面より低い位置に沈む。


 銃弾が顔の前をかすめた。

 落ち葉に埋まったまま追っ手の眉間と左胸を撃った。


 追っ手が倒れる。

 その後からやってきた追っ手も同様に眉間と左胸を撃つ。


 そのまましばらく様子を窺っていたが、それ以上は来なかった。

 ケイは用心しながらティアのところに戻った。


 ケイと同じく穴に溜まった落ち葉の中に埋まっていたティアの手を取って引き起こした。


「なんなの、この穴」

 ティアが不思議そうに言った。

「穴じゃない。水路だ」

 ケイが答えた。


「水のない水路?」

 ティアが不思議そうに訊ねた。

「川まで掘る前に中断したんだ」

 ケイが答える。


 そう、ここは昔、ケイが植林を手伝っていた森だったのだ。

 ケイは一時期、ミールから姿を隠すためにここで植林をしていた人――ハリーの手伝いをしていた。


 審判前、ハリーは軍の施設で兵器を作っていたらしい。

 ハリーのいた施設は審判でも壊れなかったらしいが、それでも審判後の惨状に心を痛めていた。


「こんな事くらいじゃ償いにならないのは分かってるけどね」

 そう言いながら黙々と植林をしていた。


 川沿いの緑地帯は川から離れるほど樹はまばらになる。

 普通、水の少ないところでは樹はまばらな方が生育しやすいように思われがちだ。


 しかし意外にも密集している方が樹は生育できるのだ。

 葉から蒸発する水分で湿度が保たれるせいだろう。

 だが、それにも限界がある。そこで水路を造ろうとしたのだ。


 水路が緑地帯の端まで引いてあれば川から離れたところまで樹を植えることが出来る。

 緑地帯の幅を一気に広げることが出来ると考えたのだ。


 ハリーがミールに殺されるまでケイは懸命に働いて水路を掘った。

 あと少しで完成と言うときにハリーが殺され、ケイは再び逃亡生活に入ったのだ。


「そっか。じゃ、森がそのことを覚えてて今回助けてくれたのね」

 ティアはそう言って微笑んだ。

 その笑顔に動悸が速くなる。


「もう追っ手はいないんでしょ。お礼に水路を完成させましょ」

 その言葉にケイはティアをその場に待たせると偵察に行った。


 辺りを見て回ったが誰もいなかった。

 ラウルも遠くまで行ってしまったのか姿が見えない。


 殺したミールも無線機は持っていなかった。

 無線機を持っているのは隊長だけだ。


 昔、水路を造るためにシャベルを置いておいた場所へ行くとびて蜘蛛の巣がかかってはいたがまだちゃんとそこにあった。

 シャベルを持つとティアのところへ戻った。


 ラウルが来るまでの数時間、二人は水路の残りを掘った。


「ね、聞いてもいい?」

 ティアが地面を掘りながら言った。

「ん?」

「ミールのこと、ずいぶん詳しいわよね?」

「…………」


「もしかして、ミールにいたの?」

 この問いに答えたら軽蔑されるかもしれない。


 しかし嘘はつきたくなかった。


「……ああ」


 ケイの祖父が死んで途方に暮れてたときミールに拾われた。

 祖父としては死ぬ前にどこかの村にケイを預けるつもりだったようだ。

 しかし旅の途中で突然、心臓発作で倒れた。

 医者もいない森の中で、まだ七歳だったケイにはどうすることも出来なかった。


 そんなとき任務から帰る途中のミールの小隊に出会い、隊長に拾われた。

 それから五年間、厳しい戦闘訓練を受けて十二歳の時、最初の任務にいた。


 審判前、兵器を開発していた研究者を殺す仕事だった。

 大量破壊兵器を開発していたのだから悪いやつに違いない。

 だから殺してもいい。

 そう思っていた。


 しかし、その研究者は村で農業をしながら暮らしていた。

 当然ミールの指令は村人全員の抹殺だった。


 研究者だけではなく罪もない村人まで殺すミールの考えには賛同出来ず、その夜ミールから逃げ出した。


 以来ケイもミールに追われるようになった。

 ここでハリーと植林していたのもミールから逃げ出して姿を隠していたときだった。


 ハリーはケイが水を汲みに行ってるときに殺された。

 だからミールはケイには気付かなかった。


 ハリーが殺されたのは、ハリー自身がミールの標的だったからだが、そのことでここにいられなくなったのも事実だった。


 ケイもミールに見つかる前に逃げる必要があった。

 それで水路を完成させられないままケイはこの森を離れた。

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