第12話

「和実の方が出かけるなんて珍しいわね」

 一花は冗談めかしてはいたが目には不安そうな色が浮かんでいた。


 ライスは今や戦場だ。

 そんなところへ行くのだから心配にもなるだろう。


 上司も断ってもいいというような口ぶりだった。

 和実が断れば人材がいないからと言う理由でライスからの要請を拒否するつもりらしい。


 だが、いくら戦場でも土壌が有毒な化学物質で覆われていては困るだろう。

 とても見捨てることは出来なかった。


 和実の同僚達も同じ思いらしかった。

 しかし生きて帰ってはこられないかもしれない。

 そう覚悟して依頼を引き受けた。


 クィエス研究所は一応国際連盟の機関だが絶対狙われないとは限らない。

 戦場では非戦闘員が――それが子供でも――殺されているのだ。

 たとえクィエス研究所の所員でも攻撃してこないとは言い切れない。


 一花は和実を止めなかった。

 立場が逆なら一花も行ったはずだからだ。


 ジムは、

「どうせならゼピュイルの化学兵器工場が壊されれば良かったのに」

 と言った。


 彼は専門が違うから行っても何も出来ないが、クィエス研究所の人間を運ぶシャトルに便乗して帰ることが出来る。

 だが、そう都合良くはいかなかった。


 出かける日、見送りに来た一花はうつむいていた。


「メール……書いても届かないわよね」

「コンピュータくらいはあるだろうけど、ネットにつながってるかは疑問だな」

「……気をつけて」

 一花は消え入りそうな声で囁いた。


 ライスの被害はひどかった。

 事故が起きてすぐ飛んできたつもりだったが、それでも百人以上の死者が出ていた。


 化学処理はすんでいて、もう有毒ガスは出ていなかったが土壌は惨憺さんたんたる有様だった。


 これをもう一度、植物が生えることの出来る土壌に戻すには相当苦労するだろう。――当然時間もかかる。


 土壌に化学処理をほどこしながらも心は一花の元に飛んでいた。


 こんなにひどい状態では下手をすれば一年以上かかるかもしれない。

 案の定コンピュータはネットには接続されてなかった。

 これは通信環境がどうのと言うことではなく軍の機密漏れを防ぐためだ。


 なんの連絡も取れず、いつ帰れるかも分からない状態で一花はいつまで待っていてくれるだろうか。


 一花もフィールドワークや農業指導に出るたびにこんな思いをしていたのだろうか……。


 しかしライスでの仕事は予想外に早く終わった。

 ライスへの空爆は日増しに激しくなり、和実達の泊まっている宿舎の近くにも爆弾が落ちるようになっていた。


 和実達はライス政府から、これ以上は身の安全が保証できないから、と仕事半ばでメディウスに帰された。


 帰ったその足で一花のアパートを訪れると、一花は和実に抱きついたままいつまでも泣きじゃくっていた。


 相当心配していたらしい。

 メディウスでニュースを見てみると確かにライスの戦況はひどいものだった。


 こんなニュースが耳に入っていたら和実達も平気な顔で仕事なんかしてられなかっただろう。

 和実は改めてメディウスの平和の有難く思い祖国にいる家族や友人達の無事を願った。


 ライスから戻って以来、一花といる時間が増えた。

 どこも戦場になってしまい一花はフィールドワークにも農業指導にも行かれなくなったからである。


 一花は溜まっていた資料の整理をしていた。

 和実の方が研究で帰りが遅くなることはあったが、やはり一花がどこへも出かけていないと一緒にいられる時間の長さが全然違った。


 ジムは研究に打ち込んでいるようだった。

 研究所から新たに提示されたプロジェクトは戦争を終わらせる鍵になるかもしれない。

 その思いが彼を研究に駆り立てているようだった。

 理由はどうあれジムの気が紛れてくれるのはいいことだと思った。


  * *


 ルードの前日、村人達は弁当を作り、高齢で遠出が出来ないものだけを残してみんなで会場に向かった。

 会場までは丸一日かかる。


 村を朝早く出て夜遅く会場に着き、その晩は会場で寝て、翌日ルードを開催するのである。


 他の村は盗賊が来たときのために警備の人間を残してきているようだが、ケイ達が滞在している村は建物に収穫したものや家畜を入れて鍵をかけてしまえば盗られる心配はないので警備は置く必要がなかった。


「二人とも頑張ってね。応援してるから」

 ティアが言った。

「ありがと」

 ラウルが答える。


 ケイとラウルは村人から借りたユニフォームを着ていた。

 ユニフォームには肩と、肘と膝の外側――つまり蹴られる可能性がある場所――にパッドがついていた。


 練習のおかげか、相手が自分と同じくらいの体格だったためか、ケイはあっさり勝った。


 ラウルも対戦相手の体格は、ほとんど同じくらいだった。

 おそらく体格が同じくらいの相手をあてがわれるのだろう。

 あまりにも違いすぎたら勝負にならない。


 例外的に小柄でも特別強い者だけは大柄な相手と組まされることもあるようだった。


 ラウルは多少苦戦した。

 ほとんど共倒れのように倒れ込んだが、なんとか相手の上になったので勝ちをとれた。


 各種目ともトーナメント方式だった。

 ケイ達は順調に勝ち上がって優勝した。

 ティアがタオルと水を持って駆け寄ってきた。


「二人ともかっこ良かったわよ!」

 ティアが水を差し出しながら言う。


「苦戦しちゃったけどね」

 ラウルが苦笑いする。

「でも勝てたじゃない。すごいわよ」

 ティアがそう言ったとき村の人達に囲まれた。


 村の人達は興奮した様子でケイとラウルを褒め称えた。

 ラウルは頬を上気させていた。

 ケイも勝てたのは嬉しかった。


 こんな風に村に所属して暮らすのも悪くはない。

 受け入れてくれる村があるなら、そこに住み着きたいとも思う。


 しかしケイはミールに追われている。

 それに祖父が言っていた『緑の魔法使い』も気になる。


 当分どこかの村に落ち着くなんて事は出来ないだろう。

 それでも村に滞在していると、行く当てもなく旅をするのがいかに気が休まらないか思い知らされる。


 そのとき村人達の顔の間から見慣れたものを見つけた。


 迷彩色の上下に黒いベスト。

 ミールの隊員だ。


 幸い村人に囲まれているケイには気が付いていないようだ。

 ルードが珍しくて見物しているだけだろう。


 ティアとラウルは気付いてないようだ。

 ケイはそのまま何食わぬ顔で村人達に紛れて行動した。


 やはりケイが村に落ち着くのは無理だ。


 あのミールの隊員はケイを探しに来たわけではないかもしれないが、見つかればここにいる人達全員が殺される。

 刈り入れが終わって報酬をもらったら速やかに村を離れるのが一番だろう。


 競争は他の村に負けてしまったが弓と各闘技はケイ達の村が勝った。


 収穫を終えた村は豊作とルードでの勝利を祝って収穫祭を催した。

 と言ってもただの食い放題の宴会だったが。


 宴会は数日間続いた。


 みんなで騒いでいるとき、不意に、

「盗賊だ!」

 見張りの声が響いた。


 途端に辺りの空気が張りつめた。

 男達は自分の家に戻ると弓やナイフなどを持って出てきた。


 女達は子供達を家に連れ戻すと家畜を畜舎に入れ始めた。

 ティアも家畜を集めるのを手伝っていた。


 家畜を全部畜舎に入れ終えると女達も武器を持って出てきた。

 ケイも村長の家に戻って荷物からナイフを取り出した。


「ティアは村長の家に隠れてろ」

 ケイがそう言うと、

「ティア様、どうぞこちらへ」

 村長が促した。


 女達も戦う中で自分だけ隠れるのは不本意らしかったが戦うことが出来ないのだから仕方がない。いても足手まといにしかならない。


 審判後、スペースコロニーからの食料が来なくなったため人々は平地に畑を作って食料を調達するようになった。


 しかし村に住んで地道に働くことをしない者もいた。

 秋に農作物が収穫されるのを待って村を襲い食料を奪っていく盗賊が現れたのだ。


 大抵の村では盗賊と戦うために農閑期には戦闘訓練をしている。

 戦闘訓練と言っても武器はせいぜい刃物くらいだからケイから見たら遊びのようなものだが、それでも盗賊との戦いはかなり激しいものになる。

 食料がかかっているから双方必死なのだ。


 ミールも審判前の武器や兵器が使われていない限り戦闘訓練は黙認していた。

 農作物を守らなければ村人は飢え死にしてしまうからだ。


 盗賊が村に到達するまで弓で狙い撃ちにした。

 だが弓の数より盗賊の方が数が多かったため、ほとんどの盗賊は村に辿り着いてしまった。

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