第一章13話『除け者』

「あたし相手に近接戦か、バイブス上がるぜ。肝が据わった奴は嫌いじゃねェ」


 よろめきながらもどこか楽しそうな表情を浮かべ、ゆっくりと立ち上がるとあきらは再び伽耶かやの前に戻り、今度はあきらが近接戦闘を仕掛ける。


 拳技、足技、マナを駆使した連撃を仕掛けていく彼女だが伽耶かやは一切動じることなく彼女の攻撃をあしらい、マナを相殺することで露零ろあが安全地に下がるまでの時間を稼ぎ、同時に自身に注意を引き付ける。


 伽耶かやから攻撃の気配を一切感じないあきらは痺れを切らしたのか、今度は言葉で彼女を挑発する。


「一つ教えてやるよ伽耶かや、戦場での隙は死に直面するんだぜ。いくら相性のアドバンテージがあってもそんな余裕ねぇだろうになァ!!」


 さっきの二人のやり取りを見ていたのだろうか。

 あきらは皮肉めいた言葉を吐き捨てるとマナを発散させ、周辺の空気中に含まれる水分を蒸発させていく。


 そんな彼女の行動に伽耶かやは自身の固有のマナの特徴を思い返していた。


 伽耶かやの固有のマナにはいくつか大きな特徴がある。

 まず一つ目に、彼女のマナは零を一にすることができない。

 故にマナに起因する有利不利は状況次第で覆り得る。


 次に二つ目、マナを用いて増幅させたにはそれぞれに効果が付与される。

 例を挙げるなら体内の水がベースなら、一度喉を通っているためができる。

 空気中の水分を増幅させたのならばいくら増幅しようとし続ける、といった具合だ。


 しかし次の瞬間には大人の余裕にも見える風格を感じさせる表情を浮かべ、伽耶かやは彼女の誤算を指摘すると腰元の刀に手をかける。


「あんたに一つだけうといたるわ。自分ので勝てるほどウチは甘くないで」


「好きに言ってな。臨機応変、順応性、即席の戦術こそあたしの強さたる所以ゆえんだ」


「それにしてはずいぶん情報頼みやけどウチの戦術バリエーションを甘く見んことや。あんたの強みはでしかないんやで」


 そう言うとマナを封じられた伽耶かやはそのまま腰に携えた刀を初めて抜刀する。

 しかし鞘から抜かれ露になったその刀身に刃はなく、鈍器と表現するのが自然だろう。


 ――――刃のない刀など。


 生き死にが物を言う戦場で、そんな武器を使うのは相手に対する侮辱とも取れる行為だ。

 伽耶かや本人にそのつもりはないが、相手も捉えるとは限らない。

 彼女のそれは戦いに重きを置いているあきらの怒りを買うには十分すぎる代物しろもので、案の定、あきらは自身に向けられた刃のない刀を見るや落胆し、怒りの言葉をぶつける。


「模造刀だと? 自慢の慧眼けいがんも衰えたんじゃねぇのか。それじゃあたしをヤれねぇ、よッ!」


「…………」


 だがしかし、そんなあきらの言葉をよそに伽耶かやは脱力した状態で刀身を地面に向けると一瞬であきらとの間合いを詰め横一文字に刀を振り切る。


 さっきまでとはまるで違う動きの洗練さにあきらは瞬時に後方に飛び退き間一髪でその攻撃を躱していく。

 しかし直線状の間合いを瞬時に潰す伽耶かやに対し、今度は上空に飛び退くと彼女は自身が燃やした木々を飛び移りながら伽耶かやと刀を分析し始める。


「なんだありゃ? 刃がねぇのになぜ切れる……だけならまだしも身体機能が飛躍した。あのなまくら、まさか!!」


 その時、あきらは全て躱したと思われた攻撃が頬を僅かに掠めていることに気付き、切り傷から微量の血が頬を伝い流れ落ちる。


 血の一滴二滴、彼女にとってどうということはない。

 まして鮮血が伽耶かやのマナ発動条件の対象になることなどもっての外だ。


 ――――しかしあきらの表情からは焦りが見て取れた。

 彼女が刃のない刀に切られたことに違和感を感じていると、今度は彼女が放つマナにも異変が生じる。


「なんだこりゃ?」


 突如、彼女が放つオーラのようなマナは風に揺られる炎ように不安定になり、あきらは切り傷から微量の水分が内部に侵入したのだと直感する。

 すると彼女は発散しているマナを体内に集約させ、体内に侵入した水分を自身の熱で飛ばしていく。


 あきら固有のマナ、これにも大きな特徴があった。


 細々こまごました特徴を挙げれば切りがないが、最も有用性が高いのは何といっても、この二つを任意のタイミングで切り替えられることだろう。

 それは自身の身体を起点としている分止める手立てがないに等しく、制限のかかる伽耶かやのマナより使い勝手がいいと言えるだろう。


、あるいはか? 身体機能の上昇に加えて水圧による打撃と斬撃の併用……ウザってぇ」


「そういうことや。生憎ウチはあんたとちごうて短期決着を望んでる。悪いけど出し惜しみせえへんで」


 伽耶かやの言葉はあきらがまだ全力を出していないとわかってのことだろう。

 あきらはそんな伽耶かやの煽りとも取れる言葉に答えるように、懐からガーネットのついた指輪を取り出すと右手中指にはめていく。


 一方で二人の様子を安全地からただ眺めていた露零ろあは手に持っていた一枚のスカーフをギュッと握りしめながら、何やら覚悟を決めた表情をしていた。


「お姉ちゃんが任せてくれたんだもん。私だって――」

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御爛然 いなひ @inahi17

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