第一章12話『藍爛然と朱爛然』

 露零ろあがそう感じるのも仕方のないことだろう。

 少女が未開みかいの地を歩くのはこれが二度目だが、一度目の時とは通る道も全く違い、青々とした原生林のような森以外に特徴的なものは何も見当たらず、少女は一抹の不安を抱いていた。

 不安からか、伽耶かやの方をチラッと見ると彼女は不規則に並び立つ木々に触れ何か細工を施していた。


伽耶かやお姉ちゃん、何してるの?」


「ん? これはウチのマナを込めてるんや。こういうのは入念にしとかんと後々自分の首を絞めることになりかへんしな。ホンマはあんたに直接ちょくせつマナの扱い方教えるつもりやったんやけど今手ぇ離されへんから一遍いっぺんその辺に試し打ちしてくれへん?」


 何をしているのかぼかされた露零ろあは少しムッとし頬を膨らませる。

 だが彼女の余裕のなさそうな表情と口調に渋々納得した少女は伽耶かやの言葉通りに行動する。


 背中に背負った白銀しろがね色の弓を手に持つと空色の矢を具現化させ、一本の木を見上げるとその木目掛けて矢を放つ。

 すると矢は木をすり抜けて消え、矢の当たった箇所を中心に一瞬にして氷結が伝播する。

 その一連を横目で見ていた伽耶かやは動かす手はそのままに、今度は首だけを捻って少女を見ると口頭で一言アドバイスする。


「どうだった?」


「それやと人より周りのもんに的を絞った方がよさそうやな」


 口ではそういったものの、露零ろあの弓さばきが拙く単調であることを見抜いていた伽耶かやは少女を前線に立たせるにはまだ早いと感じていた。


 ――しかし、彼女はなぜか少女を未開みかいの地に留まらせる選択をした。

 そしてそれが理由かはわからないが、彼女は次に突拍子もない質問を少女に投げかける。


「それはそうとあんた自分になんか違和感ないん?」


「違和感? 別になんともないよ?」


「さよか、それやったらええわ」


 それから伽耶かやは再び視線を手元に戻し、周辺の木々に再度仕掛けを施していく。

 彼女が大がかりな仕掛けを施している最中、一方の露零ろあはというと具現化した矢を使い、大道芸の練習でもしているのか? と総突っ込みが入りそうな不思議な行動をしていた。


 大の大人がそんな奇行に出ていれば一人浮くこと間違いなしだが、容姿然り幼い少女だから許されるみたいなところは正直ある。


 そんな少女の行動を簡潔に説明すれば、具現化した矢を複数本使ってジャグリングのようなことをしてみたり、かと思えば今度はバトンのように手の甲で矢をくるくるさせてみたりと無観客の中一人芸を披露していた。


 突っ込み役に回れる心紬みつでもいればこのシュールな絵面も多少ましにはなっただろう。


 ――だがしかし、今この場に彼女はいない。


 その時、そんな二人を木の上から眺める一人の女性がいた。

 彼女は伽耶かやを眺め下ろしていたさっきまでの舌なめずりしそうな、好戦的な表情とは取って代わって一人芸を披露している少女を見るや口角を上げ、「ははっ、なんだそりゃ」と高笑いする。

 そして地面に飛び降りると敵意をむき出しにし、振り返る二人を見下みくだしながら歩き近付いていく。


「新顔がいるなぁ、あたしは一対一サシ希望だったんだがまあいいか。よォ伽耶かや、今日こそ決着けりをつけようぜ」


 次の瞬間、男勝りの女性は背後の木々を一瞬で燃やし、辺り一帯を火の海に変えていく。

 しかしそれを予測していた伽耶かやは『パチン』と指を弾き、道中触れていた木々の表面を水分で覆うと火の手の回らないようを作っていく。

 水鏡すいきょう付近の木から徐々に変色していくのを遠目に確認した男勝りの女性はその規模、そして彼女の読みの鋭さを称賛する。


水鏡すいきょう全域を覆う水ってのは伊達じゃねぇな。当然あたしへの対策もしてるってか」


「相変わらずやな。戦闘第一会話は二の次、読みやすいで」


 男勝りな女性はアクロバティックな動きで伽耶かやから距離をとると今度は露零ろあに狙いを定め、木を上手く使い死角から一気に距離を詰めると大振りな動作で右の拳を振りかざす。


「――だがお前はお呼びじゃねぇ。あたしらの勝負に水を差すってんならまずはお前から焼いてやる! あたしので焼け死にな!!」


 しかし伽耶かやはさっきと同様に指を弾くと今度は露零ろあを中心に球体の水を発生させ、男勝りの女性が振るう拳は突如発生した水に接触すると外広がりに膨張する水によって徐々に失速していく。


(――っ、なにこれ?? 水の中なのになんで息ができるの? ううん、そんなことより私も戦わないと……)


「チッ! このあたしがちから負けするわけ――ねぇだろうが!!」


 露零ろあが自身に起こった現象に困惑している一方で、伽耶かやは男勝りの女性に一瞬で詰め寄るとその拳が少女に直撃するよりも僅かに早く、彼女を軽々と蹴り飛ばす。


「かはっ――」


 その強力な蹴りは男勝りの女性の腹部に直撃すると彼女を遥か後方へと吹き飛ばし、それを目視にて確認した伽耶かやは次に少女に指示を出す。


「いったん立て直すで、まで下がり。あきらのマナはあんたの弓矢それとは相性が悪いんや。いざとなったら水鏡すいきょうまで走って逃げ」


 伽耶かや露零ろあを気遣うのと同時にあきらとの相性の悪さを伝え、逃げる選択肢も視野に入れさせる。


「やだ!」


 ――しかし、ここで予想に反して反発した露零ろあ

 まさかこのタイミングで反発するとは思っておらず、一瞬焦りの表情を浮かべる伽耶かや

 しかし彼女はすぐに機転を利かし、今度はまで下がるよう伝え直す。


 「なっ?! 今のあんたに選択肢はないで――っと、ひとまず話は後や。このままやと不利になりかねへんし安全地までは下がってもらうで」


 すると少女は心配そうな眼差しで何か言いたげな視線を伽耶かやに残し、弓を片手に青い木々へと向かって走っていく。

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