第一章11話『忙しない』

 伽耶かやは服を着終えると三階にある自室へと戻り、そこで一夜を明かす。

 現在の時刻は深夜二時を大きく回っていて、城内はもちろん、水鏡すいきょう全域寝静まっている。


 ――そんな中、ケモ耳を持つ人物が黒衣こくいに身を包み、一人藍凪ひとりあいなぎに背を向け歩いていく。


 伽耶かやの自室には特徴的な金魚の描かれたの三面屏風さんめんびょうぶと部屋の奥に置かれていた。

 他にも応接室にあったものと同様の足の短い机があり、その上には数冊の書物が積まれている。

 彼女はその中から一番上の古びた書物を手に取ると、ペラペラとページをめくりながら露零ろあを加えた際の戦闘シュミレーションを脳内で行う。


「武器で言うたらウチが前衛、マナのことを踏まえてもあのは後方支援やな。射貫いたもんを氷結させる、なかなか難しいもんがあるけど知識も並行させたらそれなりに上昇期待はあるやろ」


※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 シュミレーションに没頭しているとあっという間に時間が経過していた。

 現在はまだ日が昇る前、一日の中で最も暗い午前四時頃で、伽耶かやは書物を机に戻すと部屋を出て二階の露零ろあのもとへと向かっていく。


 露零ろあの部屋の前に着くと障子の前にぽつんと置かれた一つの紙袋が彼女の視界に入る。

 しかし伽耶かやはその紙袋を物音が立たないようにそっと壁際に寄せるとそのまま障子を静かに開けて部屋の中に入り、一枚の布切れを熟睡している露零ろあの枕元に置く。

 すると少女は「ふぁ~~」とまだ眠たげな声を上げながら目を覚ます。


「あれ…お姉ちゃん……?」


何遍なんべんも言うけどウチはあんたの姉ちゃんちゃうで。どうや、清涼感のあるええ目覚めやろ? キャットミントは汎用性高はんようせいたこうてよう助かるわ」


 露零ろあがまだ窓から日が差し込んでいないことに起こされる理由がわからないでいると、表情からその思考を読み取った伽耶かやから説明を受ける。


「昨日もうたけど水鏡すいきょうを出るで」


「う~ん、だってまだ夜だよ?」


 伽耶かや露零ろあの疑問を知識不足によるものと考え、自室での考えと結びつけると眠たそうに片手を伸ばし、口元を押さえながらあくびをすると言葉を待っている少女にではないことを伝えていく。


「夜ちゃうよ、時間でうたらもう朝やで。それとや、前線に立つんやったら最低限の知識は身に着けてもらうで」


 確かに彼女の言う通り、露零ろあの経験不足は否めないだろう。

 伽耶かやは前線に立つにあたって致命的とも言えるを指摘する。

 しかし同時にその二つを解消する対策案も少女に伝え、これから少女が取るべき行動を明確に伝えていく。


「まずあんたの部屋に簡単な内容の書物用意させるわ。あとは日常生活と実践で数こなしながら徐々に吸収していき」


 布切れからほのかに香る、鼻骨をくすぐる癖の強い匂いも少女ののその一つだった。

 それは目覚めには最適ではあったが、目が覚めてきた少女の表情は次第に引きつり気味になっていく。


 露零ろあは目をこすりながらゆっくりと起き上がるとその独特な香りを放つ布切れを伽耶かやへと返し、自身は布団を畳み始める。


 露零ろあから布切れを受け取った伽耶かやは一度部屋を出て行き――。


 いや、彼女は部屋の前に置かれた紙袋を取りに行ったのだ。

 そのまま取ってきた紙袋を少女に手渡すと、彼女は今度こそ本当に部屋を出る。


「これに軽装けいそう入ってるから着替え」


「これって――」


「ウチは部屋の前で待っとくから用意終わったら出てき」


 この時、露零ろあは過去に話した会話を思い出していた。

 そしてこれがそうなのだろうと直感した少女は受け取った紙袋をワクワクしながら開封すると、中にはを基調とした軽装が上下セットで入っていた。


 この二色は露零ろあのイメージにピッタリだった。


 そしてこの二色は露零(ろあ)本人が好きな色でもあり、配色、生地、デザインと全て気に入った少女は紙袋をひっくり返し、雑に中身を取り出していく。

 すると形状記憶素材けいじょうきおくそざいなのか見る見るうちにしわは消え、新品同様のすぐに人前に着て出られる状態へと戻っていく。


(わぁ~~~~~~!! 着てみたかった服だ! もしかして心紬みつお姉ちゃんが用意してくれたのかな)


 (後でありがとうって言わなきゃ)と考えながら身支度を済ませて部屋を出ると少女は部屋の前で待機していた伽耶かやと合流し、二人は仲良く階下へ降りていく。


「似合ってるやん。やっぱええ感性してるわ」


「えへへ」


 そんな会話を交わしながら一階に降りると前方からシエナが現れ、彼女は二人を部屋へと案内する。

 彼女に案内された部屋に入るとそこには鮭定食のような、城で出されるにはやや質素に感じられる朝食が二人分用意されていた。


「うわぁ~~~~!! おいしそう!」


 露零ろあがほくほくと湯気が立つ作り立ての料理に目をキラキラ輝かせていると、伽耶かやはすでに席に着いていた。

 そして「はよ食べな冷めるで?」と言い、自身の向かい側に露零ろあを座らせると彼女は黙々とご飯を頬張っていく。

 彼女に促された少女も席に着いて鮭に手を付けると、美味しそうにパクッと一口、また一口と食べ始める。


(暖かくておいし~~!)


 露零ろあは生まれて初めて口にしたに感動していた。

 その朝食は焼き鮭をメインに惣菜、味噌汁、ご飯とと言えば真っ先に想像するだろう献立だった。


 一切の会話無しに黙々と箸を進める伽耶かやとは対照的に、まるで雨蛙のように頬を膨らませては小さくしながら美味しそうに食べる露零ろあは(ほっぺが落ちそう)と瞳を潤ませ、今にも感涙しそうな雰囲気だった。


 露零ろあの記憶では彼女は

 どこの誰とも知らない第三者の優しさに触れたわけじゃないのだからこれしきの事で感涙するのも変な話だが、少女には彼女がであること以外、過去の記憶の一切がないこともまた事実だ。


 そして二人は朝食を食べ終えると伽耶かやは後片付けをシエナに任せ、露零ろあと共に藍凪あいなぎ、そして水鏡すいきょうを後にすると未開みかいの地へと向かって歩いていく。


(あれ、昨日と何か違う?)

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