第一章10話『思惑と違和感』

 露零ろあの反応から話題に上がったであろう内容を予想し、伽耶かやがジト目で心紬みつを見つめると心紬みつは静かに目をそらす。

 そしてその様子を見てまた露零ろあは笑う。


 話が一向に進まないと感じた伽耶かや心紬みつに無言の圧をかけるのをやめると今度は簡潔に用件だけを二人に伝えていく。


「早速で悪いんやけどちょっと事情が変わってん。明日國を出ることになりそうなんや」


「それって私も?」


「察しがようて助かるわ。けどウチが付いてるから安心しい」


「それなら私は明日までに露零ろあの軽装を新調しておきますね」


 心紬みつはそう言うと立ち上がり応接室を後にする。

 彼女と入れ違いで応接室に入ってきたシエナもお茶菓子の後片付けをするとすぐに部屋を出てしまい、部屋に二人きりになるのを待っていたのか、二人が退出したのを確認した伽耶かやは指を弾き『パチン』と音を鳴らす。

 すると突如、露零ろあの身体から湯気のようなものが立ちのぼる。


「わわっ、なにこれ??!」


 理解し難い不可解な現象に露零ろあは驚きの表情を浮かべると自身の素肌にゆっくりと触れ、少女は身体の状態を確かめる。

 触れ合う皮膚どちらもが少女そのものだが、一方からはほのかに熱が伝わってくるのが少女にはわかった。

 その部位は少女が今、指で触れている部位で温度は湯舟に張ったお湯と同程度、数字で表すと四十度前後だろうか。


 露零ろあはまるで自身が燃えているように錯覚し、薪として暖炉にでも放り込まれ、最後には取って喰われてしまうのではないかと内心、恐怖に震えていた。


 抱いた恐怖心をまるで火の粉を払うかのようにして着用している衣服をはたく少女だが、第三者にはまるで幻覚を見ているように映っていた。

 そんな少女に伽耶かやは湯気を立たせた理由を説明する。


「今、あんたから湯気立ってるやろ? 湯浴ゆあみしたんと同じ状態にしたからあとは部屋でよう休み。一つ上の階に寝室用意してあるから今日はそこ使ってええよ」


「……ここにいてもいいの?」


「もちろんや、階段やったら入口の横にあるからそれ使って上がり。部屋ん中に寝間着用意してるから早めに着替るんやで」


「うんっ!」


 さっきまでの怯えた様子とは一変し、嬉しそうに言葉を返す露零ろあ

 少女は嬉しそうに返事すると彼女の言葉に従い応接間を後にする。

 そして説明通り、入口近くまで戻ってくるとそこから木造の階段を上り二階に上がっていく。


 二階に上がると待っていたかのようなタイミングでシエナが前方から現れ、まるで高級旅館のような待遇で城内の構造や勝手のわからないであろう少女を部屋へと案内する。


「事前に準備はしておいたので今日はこちらでお休みください。あ、今日はと言いましたが伽耶かや様が伝えていないだけで近々、あなた専用の自室を用意するつもりなので期待していてください」


「ありがとうシエナさん」


 シエナは応接間でのやりとりを経て苦手意識が薄れ、露零ろあは彼女の容姿に免疫がついたようでお互い普通に会話ができるようになっていた。


 知り合ってからさほど時間は経っていないしそれほど話し込んだわけでもない。

 しかし比較的長時間同じ空間にいたこと、そして他二人が満遍なく話を振ってくれたことも相まって、時間以上に濃密なひと時を同じ空間で過ごした二人が距離を一歩、二歩と縮めるには十分だった。

 いや、二人が互いの距離を縮めるため、露零ろあ達の背中を話を振ることで後押ししたのかもしれない。


 露零ろあが部屋に入るのを見届けたシエナはそのまま同一階の最奥に移動し、そこから三階へ上がると先に待っていたに話し掛ける。


「――待たせてしまいましたね。露零ろあについて私経由で皆に共有したいことがあるとか?」


「ええ、ですが内容が内容なだけに内密にお願いします」


 会話の相手は軽装を新調しに一足早く応接室を後にしたはずの心紬みつだった。

 彼女は手に持っていた白いスカーフを一枚シエナに手渡し、静かに階下へ降りていく。


 手渡されたスカーフを広げ、そこに施された刺繍を確認したシエナは表情を変えず、しかし動揺した口調で「まさか…破滅の一途を辿るにしても想定より遥かに早い……」と小さく呟く。

 しかし次の瞬間には平常心を取り戻し、情報を整理しながら優先順位を明確にしていく。


「――いえ、それよりも今危惧すべきなのは彼女が身の内に抱える不確定要素ですね。状況が好転すればそれに越したことはないですがあなたが危惧するのも最もですし、微力な猫の手ですがお貸します」


 一方その頃、二人の密談など知る由もない伽耶かやは地下の大浴場にて湯浴ゆあみ中だった。

 湯に浸かっている彼女は神妙な面持ちではあったものの、その胸中を知るすべはない。

 手ですくったお湯を顔にかけ浴槽から上がるとそのまま浴室を後にし、彼女は自身に巻いているものとは別に白いタオルを一枚手に取ると片手で髪を拭きながら不満げに呟く。


信頼関係言しんらいかんけいいうてもなぁ、一方の信用だけで成り立つもんちゃうやろ……」


 近しい間柄の人間ほど接する距離感は難しいとはまさにこのことだろう。

 第三者が相手ならばこんなに思い悩むこともなく即座に真偽を確かめていたであろう彼女だが、同時に自身の行動一つが自國を内部崩壊させる可能性を孕んでいることを彼女はよく理解していた。

 そのため深く追求することができず、従者に感じた違和感を拭えないでいた。


「ほんま自由をうとうてるウチが縛られてんの、ええ笑いもんやわ」

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