第一章9話『交錯する思惑』

「私たちには本来、と呼ばれる力が内在していますがあなたはどうやらそれが微量のようです。もし、引き受けて下さるのならこの弓を受け取ってください。この弓はマナの増幅、そしてマナを変換し、矢を具現化させることができます」


 シエナはの詳細を伝えると露零ろあの目の前に手を伸ばし、丁寧に両の手のひらに乗せたそれを差し出す。

 しかし弓なるものを一度も見たことのない少女はそれを手に取ると、不思議そうにまじまじと見つめていた。


 少女は小難しい説明より目の前の未知なる物体に興味を示したのだ。

 つるを軽く引っ張っては手を離し、びよ~んと揺れさせてみたり、矢を具現化させようと手を握っては開いたりしていた。


 ――結局、矢の具現化はできていなかったが。


 すると横から心紬みつがひょこっと現れ、物珍しそうにそれを見つめるとシエナの方へ振り向き話を振る。


「二つも内包した武器なんて初ですよ初! これってつい先日、シエナが猫の目を借りて発見したものですよね?」


心紬みつお姉ちゃん近いよ、ちょっと離れて」


 そうは言うも、全く嫌そうじゃない露零ろあ

 心紬みつは嬉しそうにそんな少女の頬を軽く小突くとゆっくりと立ち上がり、少女のそばから離れていく。


 一方の露零ろあは小突かれた頬に手を当てながら、(何だったんだろう?)と彼女の行動の意味がわかっておらず、そんな初心うぶな反応が彼女の悪戯心いたずらごころをくすぐっているということに全く気付いていなかった。


「ええ、ですが弓矢なんてここにいる誰も扱えませんでしたね」


「でも露零ろあ水鏡すいきょうに来てくれたおかげで貴重な弓を持て余さずに済んだじゃないですか」


 そんな他愛ない会話で三人が盛り上がっている中、一人離れた位置で会話を聞いていた伽耶かやはどこか浮かない顔をしていた。

 会話に参加していた露零ろあは全く違和感を感じていなかったが同居人として、何か違和感でも感じたのだろうか。


 ――だがしかし、抱いた疑問を彼女が言及することはなく、一通り話が終わると彼女はシエナを呼び部屋の外へと彼女を連れ出す。


「ちょっとええ? あんた、これとは別でウチに用があったんとちゃう? だいたいの見当ついてるけど詳細聞くわ」


 二人が部屋を出るとシエナはさっきまでとは一変して険しい顔つきに変わり、重たくなったその口をゆっくりと開いていく。

 シエナが話すこそ伽耶かや藍凪あいなぎに戻ってきた理由であり、本題だった。


 ――しかし彼女が話すその内容は、伽耶かやの想像を大きく上回るものだった。


「実は先日、の訃報が耳に入ったものですから直接会ってご報告をと。その方は伽耶かや様もよく知る御爛然ごらんぜん最強と名高い風月ふうげつあおぎ様です。相対者は同じく御爛然ごらんぜん荒寥こうりょう朱珠すず様で、あおぎ様はを付けることなく敗れたとか」


 伽耶かやは自身を差し置いて三つ巴の均衡が崩れたことに思うことがあるのか、何とも言えない表情を浮かべていた。


 ただの潰し合いならいざ知らず、陣取り合戦が如く敗戦國が自陣として吸収される可能性が大いにある以上、そのことを考慮すれば彼女が焦るのも当然だろう。

 故に出遅れは致命的であり、常に最新の情報を仕入れる必要があった。

 しかし今、この瞬間まで一切情報を得ていなかった伽耶かやはシエナとの会話に出てきたに着目し、そこからある推測を立てていく。


風月ふうげつにおいて戦闘意思の現れや。小さいもんなら手元に寄せることができんのにそれをせんかったんはあおぎに戦う気ぃはなかったってことやな」


「――そういうことになりますね」


 シエナの話を聞いた伽耶かやは三つ巴によって保たれていた均衡が崩れたことにある懸念を抱いていたが、同時に露零ろあを試すいい機会だとも考えていた。


 地上には伽耶かやの治める國、水鏡すいきょうを始め、風月ふうげつ荒寥こうりょうと三國が互いに睨み合い、この三つの國によって地上の均衡は保たれていた。

 しかしその均衡が崩れたということは、水鏡すいきょう荒寥こうりょうと衝突するのは時間の問題であり、必然だった。


 この時の伽耶かやは既に二対一であるこの盤面を打開するを考えついていた。

 そんな彼女は不敵な笑みを浮かべ、呆れた様子のシエナに「相変わらず隠そうともしませんね」と言われてしまう。


 考えまではわらないにしろ、表情で何やら悪知恵を働かせているだろうことを察したシエナに伽耶かやは「朱爛然あけらんぜんも望んでるはずやで、ウチとの一対一ガチンコを」と伝えていく。


 そして二人は会話をやめ、伽耶かや再び応接間に戻ると座って会話を弾ませていた二人に声を掛ける。


心紬みつ、そのちょっと借りてもええ?」


「ええ、いいですよ」


 露零ろあは自身の記憶とは程遠い存在となってしまった伽耶かやにまだ慣れておらず警戒心が残っていたが、心紬みつとの会話が脳裏に蘇り「ふふっ」と思い出し笑いをしてしまう。

 そんな少女の姿に伽耶かやは「はぁ……なんやえらい風評被害受けてる気ぃするわ」と溜息をつくように呟くと、少女に向けていた視線を今度は心紬みつへと移す。

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