第一章8話『大まかな輪郭』

「大体あなたはいつも杜撰ずさんが過ぎるんです」


「そうですよ! ただでさえ水鏡うちは他より二人も少ないんですから一人だけサボろうとしないでください!」


 一方的な弾丸トークになりかねないを帯びた言葉が立て続けに二人から飛んでくる。


 この時、露零ろあ伽耶かやを責め立てる二人に驚きを隠せないでいた。

 心紬みつはともかく、ダウナー系で口数の少ないシエナも一緒になって伽耶かやを責めているのを見るに三人の関係性は少なくとも単なるという上下関係の繋がりではないのだろう。


 伽耶かやは一切動じることなく二人の顔を交互に見ると露零ろあの時と同様に、しかし今度は十分に間を取ると、落ち着いた口調で二人からを取り払う。


「それはちゃうで、ようできた従者がおるから頼りにしてたんや」


「全く、あなたって人は……いつも都合がいいんですから」


 シエナは伽耶かやの言葉に呆れつつも頼りにされたことが嬉しかったのか、露零ろあがこれまで見ていた貼り付けたような不愛想な表情は笑顔に変わり猫耳もゆらゆらと揺らしていた。

 そして、それは心紬みつも同様だった。


 その様子を静かに見ていた露零ろあは二人に怒りや不満の感情が一切ないこと、そして伽耶かやのように果ての見えない包容力を肌で感じていた。


(血が繋がってないって言ってたけどみんなとっても楽しそうでまるで家族みたい。私もあんな風に――)


「ちょい落ち着き、まだ話は終わってないで。そういえば二人ともえらい距離歩いてここまで来たんやってなぁ。疲れてるやろ? そこ、座ってええよ」


 そう言って伽耶かやが指差したのはさっきシエナがお茶菓子を置いていた机に付属した小さな椅子だった。

 椅子は二人分用意されていて、おそらくお茶菓子の前に疲れているであろう二人のためにシエナが準備してくれたのだろう。


 露零ろあはシエナの方を見ると「ありがとう」と今日一番の笑顔で伝える。

 するとシエナは照れ臭そうにしながら「……どうも」と一言答えると、彼女はスッと二歩三歩と後退していく。


 相変わらずの素っ気ない態度だったが、その様子を微笑ましそうに見ていた伽耶かやは二人から咎められたの話を切り出しやすい空気をお茶菓子を食べている間に軽く談笑を交えることで再度作っていく。


 そして全員がお茶菓子を食べ終えると彼女は再び話し出す。


「ほんなら改めて自己紹介しよか。ウチは水鏡すいきょうの城主でを謳う藍爛然あいらんぜん生明伽耶あざみかやや」


 机を挟んだ対面から見た伽耶かやの風貌は淡いレモン色の長い髪に緋色の深い瞳。

 手入れに一切の妥協を許さないのだろうことを感じさせるその髪は一本一本にまで神経が通っているかのような、それぞれに独立した凛々しさが宿っていた。

 顔立ちは社交的の言葉そのままに、笑顔の似合うたおやかな顔。

 服装は群青色を基調とした軽装で、その上には薄い羽織を、腰には長くも短くもない刀を携えている。


藍爛然あいらんぜんって御爛然ごらんぜんと何か違うの?」


「おっ、意外と鋭いやん。御爛然ごらんぜんは一言でうたらウチらの総称なんや。よう一括りにされるし困惑するんも当然やわな」


 露零ろあの疑問に少し意外そうな反応を示す伽耶かや

 一人取り残されている少女に最後まで懇切丁寧に説明をしてくれる彼女の姿に露零ろあはどこか懐かしさを覚えていた。


 しかし一方でそんな彼女は何を思ったのか、次に控える二つ目の話をに説明させる。


「ほんなら後継の件は…そうやなぁ。心紬みつ、あんた話したって」


「えぇぇぇ!!」

「やれやれ……」


 ここに来て伽耶かやからの半強制的な無茶ぶりに名指しされた心紬みつは動揺を隠しきれず、シエナは心底呆れていた。

 そんな二人を見た露零ろあも(みんな、お姉ちゃんに合わせるの大変そう…)と奔放すぎる伽耶かやに振り回される二人に内心同情を示していた。


 しかし主君である伽耶かや直々の指名を断れるはずもなく、心紬みつはすぐに気持ちを切り替えると《話し手》の役を彼女から引き継いでいく。


「ここ、水鏡すいきょうには不在の者を数えても四人しかいないんです。誰でも國に入れるわけじゃないので伽耶かや様のは長らく不在だったんです。そこでお願いしたいのはあなたにとなって頂きたいんです。急な話ですしもちろん無理にとは言いませんが……」


 と、気まずそうに話を切り出す心紬みつ

 辛うじて部屋の空気は保たれているものの、少女の反応次第ではいつ気まずい空気に飲まれてもおかしくないこの状況。

 という名の淀んだ空気が徐々に室内を満たしていく中、突如シエナは障子を半開きにし、部屋の空気を喚起する。


 ……のかと思いきや。

 そのままシエナは部屋の外に上半身を乗り出すと、障子の外側に立て掛けていた一本の白銀(しろがね)色の弓を手に取り再び室内に戻ってくる。


(シエナさん今、身体伸びてなかった??!)


 猫の性質が反映されたなのか、露零ろあの目にはシエナの身体が伸縮したように見えていた。


 ――ただ、そう見えただけかもしれないが。


 そんなことを考えていると当の本人、シエナが近付いてきて彼女は露零ろあの目の前で立ち止まると今さっき取ってきた弓を片手に話始める。

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