第一章5話『藍爛然』
(触ってみたい!)と相も変わらずに考えていると本人に伝わったのか、
そんな彼女の露骨な反応に少女は思わずしょんぼりとしてしまい、二人がそんな言葉のないやり取りをしているとある者の場違いとも思える一言で場の空気は変化する。
「そう言えばあなたの名前を聞いていませんでしたね」
確かにそれはそうなのだがそれを今この場、このタイミングで言う必要はあっただろうか。
流石の同僚ですら予想外な
「ずっと一緒にいたんですよね? 何してたんですか」
「あはは……」
(私も、もっと早く聞かれると思ってた)
――――にもかかわらず。
名前を聞かれ、思い出すかのようにゆっくりと瞳を閉じるとその心の奥底ではそれに突き当たる。
名付け親などいやしない。
だがしかし、即席で思い付いた名でもない。
一つの単語として弓波露零という言葉が記憶の片隅にあるだけで、名前が
過程がどうであれ答えが出ているのだからと深く考えることを止めた少女は再び瞳を軽く閉じ、自身の胸元に手を持ってくると今度はゆっくりと開眼し快く自己紹介を始める。
「――なまえ、私の名前は
「
この時、少女の名前を一緒に聞いていたシエナは何やら意味深な表情を浮かべた後、何やら訳あり気に「
しかし一方の
それどころかむしろ少女の自己紹介が終わると彼女はシエナに目配せをし、(次はあなたの番ですよ)と言わんばかりにアイコンタクトを送っていた。
求められていることが最も苦手としていることなだけに、自身に向けられた身の毛もよだつ視線に一早く気付いたシエナは反射的に彼女の意図を汲み取ると気怠そうにしながらも渋々自己紹介を始める。
「はぁ…あなたはもう済ませているようですね。どうも、
苦手とは前置きしたが、必要事項とあれば割り切るだけの対応力を長らく従者として
加えて旧知の中である同僚の頼みということも相まって、流れに身を任せた彼女は促されるがまま軽く自己紹介を済ませたのだが
友人のことをもっと紹介したい、知って欲しいと考えた彼女はこの流れに便乗するとシエナの情報を勝手に深堀して少女に補足し始める。
「シエナは和猫との混血種で索敵・戦闘・情報収集とあらゆる分野で秀でているんです。そして彼女は私たち従者の中でも
「よくわからないけどなんだか凄そう!」
それが話を聞いた
端的だったシエナの自己紹介までは理解できていたがその先、
しかしそんなことには全く気付いていない様子の彼女を前に、
だが(せっかく教えてくれたんだし…)と考え直すとできるかはともかく少女なりに理解しようと試みる。
「はぁ…あなたのその順序立てて話さないところは相変わらずですね」
「そうですか? いつかは話すことですし細かいことはいいじゃないですか」
「やれやれ、
気を利かせたシエナの言葉だったが音が実際に聞こえてきそうなほど脳をフル回転させている少女の耳には届いておらず、何とか理解しようと試みたものの情報処理に手一杯な少女の脳内はこんがらがる一方だった。
そしてそれは自身のみに留まらず、少女の脳内から弾き出された複数の疑問符はまるでシャボン玉のようにふわふわふわりと空中を漂っては破裂する。
「ほらほら~後輩をけしかけようとするなんて悪い先輩の典型ですよ。こう見えてちゃんと勉強してるんですからっ」
「空回ってますけどね。それより――」
そんな少女なりの努力が傍目にも伺え、シエナは話を振ることを止めて
それから数分が経過した頃、
いや、
「待ってください!
「心が読めるあなたなら私がすぐに戻ってくることくらいわかりますよね?」
部屋の空気が徐々に不穏になっていくことを肌で感じ取り、
しかし二人の会話に出てきたある言葉に少女の脳内は瞬く間に支配される。
(心が読める?? もしかしてあのとき……)
この時、
当初は無意識のうちに言葉にしていた、あるいは表情を読まれたのだと考えていた
(私、あのとき心を覗き見られたんだ……。もしかして最初から全部??)
心を読むという単語に身体の芯から悪寒が走り、込み上げる不快感に
今の状況は最初から全て仕組まれたものだったのではないか?
本当に信用しても大丈夫なのか?
短いながらも今までの出来事を根底から覆しかねない、最も重要な情報をシエナは口喧嘩の弾みでぽろっと口にしたのだ。
そもそも読心は自身が理解し、相手は知らない状況を生み出せることから大っぴらにそのことを他人に話すべきではないはずだ。
他者に真意を知られないことで得られるアドバンテージがあまりにも大きすぎるからだ。
一つ例を挙げても自身は知り、相手は知らない状況を作り出せればあらゆる事柄でじゃんけんの後出しのようなことが可能になるだろう。
良くも悪くも
すると突如、障子の外から妖艶で大人びた声が部屋全体に響き渡る。
「ちょっと待ち、もう戻ってるで」
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