第一章4話『警告色』

 何気ない一言だった。

 しかし少女の言葉に心紬みつの表情は一瞬引きつり、言葉も詰まらせる。

 だが露零ろあはそのことに全く気付いておらず、少女は不思議そうに首を傾げるとまるでのように無邪気な表情で彼女の言葉をじっと待つ。


 ――――すると少し遅れて心紬みつから言葉が返ってくる。


「……そんなことないですよ、彼女は猫気質なんです。今は素っ気ないですがあれで可愛い一面もあるんですよっ」


「――そうなんだ」


 その後、露零ろあは物思いにふけていた。

 理由は簡単、彼女の言葉に特有の違和感を感じたからだ。

 元々触れてはいけない、いわゆるを踏んだのは少女の方なのだが不発弾ならまずその存在に気付くことさえ困難だろう。

 感情を表に出さず、言動にも出さない彼女らの行動はまさに大人の対応に他ならない。

 だからと言って何度も踏み荒らしていてはいずれ痛い目を見るのは明白だが。


 そんな大人の事情など露知らず、時間にしてほんの数秒程度だが歩みを止めて考えふけていると十数メートルほど離れた城内の入口前から手を口元に当てた心紬みつに大声で呼ばれ、少女は小走りで彼女の後を追いかける。


「来ないんですか―? 早くしないと日が暮れてしまいますよ―?」


「えっ? 今行くから待ってよ~」


 彼女の様子から察するに、振り返った拍子に初めて少女が遅れていることに気付きそのまま声を掛けたのだろう。

 両方の手を頬にあててた彼女に地声を維持しつつも目一杯の声で呼ばれ、急かされた露零ろあは急いで彼女に追い付くと二人は一緒に城へと入っていく。

 そうして入った城内にはをモチーフにしたの空間がこれでもかというほどに広がっていた。


「わぁ~~! 心紬みつお姉ちゃんってここに住んでるの?」


「住んではいますが持ち主は私の仕えている人なんです。私も最初はあなたのような反応だったのでよくわかります」


「そうなんだっ」


 直前の会話で感じ取った嘘から来る不信感もこの光景の前では形無しだった。

 屋外とはこれまた系統の異なるを前に瞳をキラキラと輝かせる少女はそのまま目を見開いて一直線に続く廊下を見つめるも、どこまでも果てしない水平線のように続く長い廊下。


 当然だが町で見た宙に浮かぶ泡玉と泳ぐ金魚や白変種の小動物はここにはいない。

 しかし木目調の廊下や玄関周辺に飾られている掛け軸などの古美術品は露零ろあの好奇心を十分すぎるほどに刺激した。

 中でも露零ろあが一番興味を示したのは最も視界に映るだった。


「わぁ~~~~!! 綺麗な壁がいっぱいある!」


「ふふっ、あれは障子と言って部屋を仕切るためのものなんです。障子紙しょうじがみは破れやすいので触るのはだめですよ」


 妹のように見ていたためか、まるで姉妹で話すような口調で注意喚起してしまい、露零ろあはそんなことしないよと言わんばかりに心配ご無用の眼差しを心紬みつに向ける。

 一方の心紬みつも(私としたことが、今のは余計な一言でした)と思い直すと軽く咳払いをし、さらに話を進めることでさっきの発言を水に流そうとする。


「こほん、それはそうと伽耶かや様が戻られるまでの間、あなたにはこの先にある応接室にいてもらいます」


 そう言われ、首を傾げながら疑問符を浮かべる露零ろあは抱いた疑問が解消されないまま一つの部屋に案内される。

 そうして案内されたその部屋の間取りは十畳ほどで、障子の内側にはが描かれていた。


「あれって外で見たのと同じだよね? だよね?!」


水彩障子すいさいしょうじですか? そうですね、あれは金魚というんですよ」


「きんぎょ?」


 入室して真っ先に目に留まったがために開口一に触れた少女だったが、応接室の特徴的な家具はまだ他にも存在する。

 部屋の中央には足の短い木製の机とそれに付属した椅子が置かれていて、部屋の中では先程シエナと呼ばれていた女性がお盆の上に乗せたお茶菓子を足の短い机に並べている最中だった。

 にもかかわらず、真っ先に視界に入ったものがひとではなくもので人の気配が全くと言っていいほど感じられなかったのはなぜだろうか。


「おや、もう少し時間をかけてくるものと思っていましたが……。どうやら読みが甘かったようですね」


 予想よりも早く二人が部屋に来たことにシエナは動揺を表には出さずに振り返り、自身の読みが外れたことを内心反省する。

 つもりがいつもの調子で反射的にの言葉が口をついて出ていた。

 しかし二人は彼女の反省を些細なことだと全く気にしていなかった。

 それどころか気落ちする彼女を気遣い、心紬みつは一度席を外そうかと彼女に尋ねる。


「城内を案内するのは時間に余裕のあるときにしようと思っていたのですが…お邪魔でしたか?」


「いえ、もう終わるので心遣いなく」


 余程親しい間柄なのだろうか。

 部屋を離れる必要がないと言われたことで心紬みつはその後も素っ気ない彼女に積極的に話を振っていく。

 聞き手と話し手で上手くバランスの取れた二人は相性がいいのか、相変わらず冷めた口調だがシエナもまんざらでもない様子だった。


 一方で二人の会話を聞き、と感じた露零ろあは彼女らの会話に入ることができないでいた。

 露零ろあの性格を今一つ挙げるならば、それは人見知りだろうか。

 しかし単なる人見知りというわけではなく、が同居している。

 故に人見知りよりも好奇心が勝れば誰にでも積極的に話し掛けることができるのだ。


 しかし好奇心という追い風にも似たよき流れ。

 それを押し戻しのようなとっつきにくい相手だと一転して相手に全任せの完全、受け身状態になってしまう。


 そしてまさに今、露零ろあは目の前の相手が放つ空気が張り付くようなピリついた雰囲気に飲まれ、少女の好奇心は場の空気感に大きく劣り萎縮してしまっていた。

 しかし城門前でシエナの特徴を捉えきることができなかったことを思い出すと埋もれたとで挟むように包み込む。

 心持ち一つで暖色となった感情それらは積雪し、少女の感情の大半を覆い尽くしたを次第に溶かし始める。


 ……が、表面的にとは言え広範囲に降りしきった感情模様かんじょうもようが今この一瞬で全て溶け切るはずもない。

 しかし多少なりとも人見知りが解消された少女は改めてシエナの容姿をじーっと見つめるとそのまま彼女を観察し始める。


 シエナの風貌を改めてよく見てみると、亜麻色あまいろを基調に毛先にかけて朱色になっていくグラデーションカラーでややくせ毛のミディアムヘア。

 顔立ちは整っているが口数は少なく、全体的な雰囲気はダウナー系。

 瞳は猫目のオッドアイで左目は黒、右目は黄色の警告色。

 服装は赤と白を基調とした和風の着物で、中でも特に異彩を放っているのは頭からぴょこっと生えている猫のケモ耳だ。

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