第15話 いやらしい音
万雄の体が上下に激しく動いている。
「クチュ、クチュ」
「グチュ、グチュ」
「ヌチュ、ヌチュ」
万有をネットリと包みこんだソレは、彼が動くたびに動きに合わせて、 いやらしい音をたてながら、汗と混じり合った粘っこい汁を、恥ずかしげもなく、だらだら垂れ流していた。
リンゴジュースを吸いこみベトベトになった彼の靴下が、走って足が地面を踏むたびに、まぎらわしい擬音をたてて、汗とジュースの混合汁を、ジロジロと通行人に見られながら、だらだら垂れ流していたのだ。
彼は重石がわりに、近くの植木鉢をつかんで、マンホールの上に置き、走り出して、二人の追跡を再開した。
「しかし、これはたまらん。」
スッキリ果汁10%は、ちっともスッキリしていなかった。お砂糖たっぷりのジュースで、ベタベタ具合が半端なものではなかった。
気分はスッキリせず、ドヨーンとする。
走っているうちに目の前に靴屋が見えた。『しめた。 もう限界だ、靴を買ってしまおう。』とベタベタと歩いて店の中に入って行った。
店の人は、床にベタベタと、跡をつけながら必死の形相で近づいてくる、汗まみれの大柄の男に恐怖を感じたが、平静をよそおって対応した。
「いらっしゃいませ。」
「靴を…」と言いかけて 万有は考えた。
『おそらく靴は忘れ物として届けられているだろう。あとで取りに行こう。
部屋に戻れば、実家の荷物が届いているはず。 靴は夏用と冬用で2足入れてある。この上、さらに靴を買ってしまえば 4足になる。さすがに多すぎる。
そうだ サンダルだ。ちょっと近くへ出かける用のサンダルが欲しかった。』
「すいません、サンダルを見せてください。」
「うちは サンダルの在庫が豊富です。 色々とございますよ。」
確かにサンダルが色々あった。 彼は足のサイズが28cmあるので、今までは、サイズさえあえば、デザインは関係なく買うしかなかった。
今まで経験できなかった、大きなサイズのサンダルを選ぶ機会を得て、彼は本来の目的を忘れて、サンダル選びに夢中になっていた。
迷ったあげく、足つぼを刺激するイボイボがついた健康サンダルを選んだ。 歩くだけで健康が手に入る。 一石二鳥だ。
「すいません。 実は靴を電車に置き忘れた上に、靴下にジュースをしみ込ませてしまって。」と正直に答えた。
店の人は驚きはしたが、本当に人の良さそうな青年が困った顔をしているので
「靴下はこちらで処分しますから、濡れタオルで足をふいてください。」と言って、
濡れた靴下を新聞紙に包んで持ち、いったん店の奥に戻り、絞った濡れタオルを持ってきた。
「ありがとうございます。 これからは、この店を利用させてもらいます。 また来ます。」と深々とお辞儀をして店を出た。嬉しいことに少し値段をおまけしてくれた。
その場で足踏みをしながら「うん。 これは気持ちがいい。 でも歩くにはいいが走ると、さすがにイボが痛いな。」とつぶやいた時に、今まで自分が何をしていたのか思い出した。
「しまった。 買い物に夢中で本来の目的をすっかり忘れていた!」
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