第14話 万有引力の活用
「ガタンゴトン、ガタンゴトン」 路面電車の座椅子から、リズミカルな振動が、万有の、足に伝わってくる。
万有は、吹雪に追いつけないと判断すると、すぐに、目の前の駅で電車が来るのを待つ判断をした。路面電車は、専用路を走るので車の混雑に巻き込まれない。もしかすれば追いつけるかもと思ったからだ。
靴を脱ぎ、 吹雪が走って行った側の座席に、まるで子供がやるように逆向きで正座し、窓に顔をぺったりと、つけている。 何も見逃さないようにするためだった。周りの目など気にしている場合ではない。
電車を持つ間に、駅の自販機で買った、リンゴ果汁入りジュースのビンを1本ずつ、両手に持っている。「スッキリ 果汁10%」の文字が不安をかき立てるが、ないよりはマシだ。
2人の姿が目に入る前に、ゴルフバッグを肩に、かついだ男が突然、ライフル銃をバックから抜き出した。
『まずい! 狙撃なんてものは、逃走ルートを計画して、普通は屋上からするもんだ。 通報されても気にしないなら、計画外の緊急対応だ。狙う相手は吹雪か、バイクの女性だ。』
ありがたいことに、男のすぐ手前が停車駅だった。財布の中にはあいにく、小銭がない。釣り銭をもらっている暇はなかった。
ワンマンカーの運転士に「 釣りはいらねえ!」と普通の人間なら電車内で一生、 言うことのないセリフを言って、千円札を運賃箱に入れ 大急ぎで電車を降りた。
万有は、男の背後にそっと近づいた。
『おそらく道の往来で、こんな行動に出る以上は、俺の接近に気づいていても無視して、狙撃に集中するだろう。俺を狙えば、存在を知らせることになる。プロならそんなことはするまい。』実際、男の雰囲気は普通ではなかった。
『上着にジュースをかけても、簡単に脱がれてしまう。ズボンとパンツなら簡単には脱げない。下半身だけ、すっぽんぽんでターゲットを狙撃するスナイパーが出てくる映画もアニメも見たことはない。 あったらスマン。』
リンゴジュースのキャップを開けて 、 男に近づき、後ろからズボンに 、ドボドボとジュースを1本分、流し終えると、後ろにジャンプし、男から距離を取った。
左手を突き出し 「万有引力」と叫んだ。ありがたいことに 果汁10%でも効果は発動された。空中に浮かんだ男は、さすがに驚いて、万有に 銃口を向けた。
『とにかく、男に狙いを定めさせてはだめだ。 機関銃なら、運悪く弾丸が当たってしまうかもしれないが、 一撃必殺のライフル銃は狙いが合わなければ怖くない 。』そう考えて、万有は男をめちゃくちゃに振り回した。男はどうすることもできずに、振り回されていた。
道路のマンホールが目に入った。近づいて、右手に持ったジュースをマンホールの蓋に、まき散らした。
バランスを取るのは難しかったが、右手で何とか『万有引力』を使い、蓋を持ち上げて、そのまま男を中に放り込んだ。
「ボキッ」と 嫌な音が聞こえた。何が起こったのか想像がつくが、俺の知ったことではない。蓋を閉めて、重し代わりに万有自身が、蓋の上に飛び乗った。その時である!
リンゴジュースが靴下に、じわっと染み込んできた。
「しまった。靴を電車に置き忘れた!」 万有は大声で叫んだ。
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