第12話 追跡

 レンガで舗装された歩道を2人は歩いていた。車道の中央では、路面電車が走っている。都会は列車の電化が進んでいる。

 

 蒸気機関車は燃料代は安いが、出発までにボイラーを沸かし、蒸気が出るようにしないといけない。都会のように、多くの列車をスムーズに走らせる上では、すぐに出発できる電車が必要になる。


 「色々あって疲れたでしょ。こういう時には甘いものが一番だよ。」ニコニコ顔で吹雪が、語りかけていた時、けたたましいサイレンの音がした。


 サイレンの音の主は、電気モーター併用の六気筒蒸気ピストンバイクだった。蒸気沸騰に時間がかかる出発を、電気モーターに任せて緊急発進を可能にしたものだ。後ろには、白抜き文字で、天下御免と書かれた、赤旗がひるがえっていた。


 バイクに乗っているのは女性だった。肩にかかる程度の長さで、ピンク色の髪。少しツンとしたような顔の大人の女性で、ピンク色の、つなぎを着ていた。


 ある程度の世代の人間が見れば、その格好は、もう見ることもなくなった暴走族、そのものだった。


 一台の黒塗りの蒸気自動車が猛スピードで走っていく。その後をこのバイクが追いかけている様子だ。


 近くには、パトカーが停車しており2人の警官が立っていたが、全く追いかけようとはせず、敬礼をして、そのバイクを見送った。


 2人の警官は、驚きの表情で話す。

 「おい見たかよ、赤旗天下御免条だぜ。俺、初めて見たよ。やっぱりかっこいいな。」

「ただ事じゃあないぜ。なんか特別なことがないと、見れるもんじゃないからな。」


 一瞬のことなのでほとんど何が起こっているかは分からなかった。


 万有はそれを聞いて『へー。そんなことがあるんだ。やっぱり都会って 物騒なんだな。』と思った。


 しかし、吹雪は全てが見えていた。一瞬の動きを見る、動体視力が極めて高いからだ。


 「あれは霜月さん!」言うなり、その瞬間「重力低下」と叫び、両足をそろえたロケットスタートの格好で一気に飛び出した。


 あわてて 万有も、追いつこうと走って追いかけたが、どんどん離されていく。『あんなの人間が出せるスピードじゃない。』


 実際、吹雪は車をぐんぐんと追い抜いていく。走っているというよりは、体を地面とほぼ 水平にしながら、片足ずつ交互に動かし、前へ前へと飛んでいるように見える。


 驚いたことに猛スピードで 逃げている黒塗りの車に追いついてしまった。車の窓をコンコンと叩き。「お二人とも命が惜しければ、今すぐ車を止めて降りなさい。」


 車は止まることなく、窓だけを開けた。そして全身黒ずくめで、サングラスをかけた男が拳銃を出し、何も言わず引き金を引いた。


 吹雪にはそれが見えていた。飛んでくる弾を何事もなく走りながら、よけてしまった。撃たれたことも気にせずに「相手が悪すぎます。本当に、あなたたちの事を思って言っているんです。何をしたか知りませんが、あの人に捕まるぐらいなら警察に捕まった方がずっと、お得ですよ。」


 説得に耳をかさず、黒服の男は続けざまに拳銃を発射した。それも全て吹雪は、よけてしまう。歩道の方を向き、人が歩いていないことを確認して、まだ被害が出ていないことにホッとする。


 そうしてるうちに、バイクの女性は追いついた。立ち乗りの格好で、両手を突き出し、親指を水平に交互に合わせ、残り四本指を交互に合わせて三角形を作る。魔法発動の構えだ。


 吹雪はとっさに思った。『いくら何でも無茶苦茶だ。』


 魔法を使う場合、反動が来る。


 脳の霊力野に、大量の霊気を集めてイメージを具現化し、一気に解き放つ。それが魔法の正体だ。その後すぐ、脳への負担で激しい頭痛のような痛みが襲ってくる。

 

 普通の人間なら、魔法発動後すぐには、行動ができなくなる。魔法が最後の切り札になるのは、そのためだ。バイクのスピードを落とさずに、それをやれば運転などできるわけがない。大事故につながるのは避けられない。今、バイクの女性は、それをやろうとしているのだ。



 


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