第12話 思惑

「お食事中だったかな?」

 わたしもセドリック様も慌てて席から立ち上がり、プジョル様に一礼をする。

「いえ、いまから注文をしようとしていましたので大丈夫です」

 わたしが半分驚きながら答えると、プジョル様が余裕ある笑みを浮かべられる。


「そうだったんだね。シェリー嬢が休日に外に出ているから幻を見ているのかと我が目を疑ったよ」

 わたしを見ながらプジョル様は栗色の髪の毛を揺らし屈託なく笑われる。

 素材の良さそうなシャツとベストを纏い、仕事の時よりも品の良い外向きの笑顔を浮かべるその麗しい姿を世の中のご令嬢達がうっかり見てしまったら、大騒ぎになりそうなほど大人の色気が出ている。

 ほら、いまも何処かのご令嬢が振り返っていますよ。


 そんなプジョル様がいつものように笑うのを見て、わたしも緊張してよそ行きの顔をしていたのにそれを崩して、いつもの職場のように笑ってしまった。

 

「プジョル様、わたしが外にいる姿が幻だなんてわたしを何だと思っているのですか!今日はセドリック様に誘っていただいたので、ふたりでランチをしているだけです」

「へぇー、ランチね」

 プジョル様がセドリック様に何かを言いた気に視線をやった。

 セドリック様は気づかないフリをして、顔を逸らす。


「ランチ、良いね。わたしもおなかが空いてきたよ」

 プジョル様はわざとらしくお腹を押さえて、お腹が空いたという演技をする。

 それを目の前にしてセドリック様は無表情のままというより怖い顔をしている。


 プジョル様のわざとらしい派手なお腹空きましたアピールに、セドリック様がこれまたわざとらしく大きくため息をついた。


「プジョル殿、私たちは今日は「夫婦でデート」をしていますが貴殿さえ良ければ、ランチをご一緒にどうですか?」

 少しも和やかな雰囲気は出さずに「夫婦でデート」の部分にやけに力を入れながら、眼鏡のブリッジにグッと力を入れクイッッとセドリック様が眼鏡を掛け直しながらプジョル様をランチにお誘いした。

 んん?なんかいつもよりメガネクイッに力が入っていないですか?セドリック様?


「せっかく夫婦水入らずでランチなのに悪いね。シェリー嬢も私が一緒でも良いのかい?」

 そう言われて、セドリック様を見ると力強く頷かれたので迷わず「はい」と答えた。


 結局、プジョル様の思惑通りに3人でランチをすることになってしまった。

 先日の歓迎レセプションでの、廊下でのお二人の「仕事よりも愛するものができた」などというふざけたやり取りが頭を掠めるが、思い出すとなぜか逃げ出したくなるので深く考えないようにする。

 そしてふたりはそのことには触れない。大人の対応だ。

 なにもなかったように澄まして穏やかに世間話をしているのよ。

 わたしだけが先日のことにまだ意識をして、ハラハラしていただなんて恥ずかしくなってきた。

 これがいわゆる自意識過剰ってやつよね。


 美味しそうなランチを選ぶのに3人であれこれと長い時間をかけてすごく迷って、出てきた温かい食事に3人でひどく感動(3人とも普段の昼食はパンを片手にかじりながら、昼休みも仕事をしている)をして、食後のコーヒーで一息つける幸せに浸った。

 美味しい食べ物ですっかり私たち3人は心が絆されたのか、すっかり和やかな雰囲気になった。


「こんなにゆっくりコーヒーが飲めるなんていつぶりだろう!」

「しかもコーヒーが熱いですからね!」

「コーヒーの味わい深いコクがわかりますよ!」

 口々に感動を口にする。


 普段は昼食の後は流し込むようにコーヒーを飲むか、冷めきったコーヒーを水分を摂取しなければならない必要性だけで口にするかだけで、コーヒーを味わって飲むことが皆無だったこの3人の感動しっぷりがとにかく可笑しい。


 「あの。周りの人たちがわたしたちの会話を聞いたら、変に思われますよ」

 わたしが周囲の反応を心配してチラリと見ながら、声を落として喋る。


 「周りになんと思われても良いよ。こんなにコーヒーが美味しんだから」

 プジョル様が満足げに笑われた。

 そして一転、急に真面目な顔をしてからだを屈めて声を潜める。

 一体、なんの秘密を話をするのだろうと思い、こちらも真剣になり、秘密の話を聞くために2人で屈んだ。

 するとプジョル様はわたしたち2人に真面目な顔で質問をしてきた。


「ところでだ。次の君たちの予定はどこに行くのかな?この男のことだ。スケジュールをびっちりと決めて書いてきているのだろう?」

 プジョル様はセドリック様をニヤニヤしながら見ると、わたしに次にどこに行くのかと聞いてくる。

 遠慮のない質問に驚いて、正直に言っていいものかと返答に困ったわたしは思わず隣のセドリック様をチラリとみた。


「私たちの「初めてのデート」をまだ邪魔する気なのですね。いくらプジョル殿といえども、このあとのことは夫婦の秘密です!」

 セドリック様がそれはそれは意地悪そうな顔で答える。

「初めてのデートだったんだ。私も参加できて光栄だよ。素晴らしい思い出になった」

 おなかを抱えて楽しそうに笑うプジョル様を悔しそうに見るセドリック様。

 わたしはそんな二人をそばでハラハラしながら見る。


「お邪魔したね。今日のふたりの初めてのデートのお祝いに私がご馳走しておくよ。ふたりはもう少しここでゆっくりしていくと良い」

 そう言うと、プジョル様は席を立たれた。


 プジョル様が帰られてから、スケジュール表を確認すると大幅に予定が狂っているのですが、どうしてくれるのですか?




 今日は久々に楽しい休日だった。

 公爵家の「影」を使ってシェリー嬢とセドリック殿のふたりのデート日を調べさせてわかったのはよかったが、それが「初めてのデート」だったなんて僥倖だった。


 ムキになるセドリック殿を揶揄うのはなんとも面白い。

 普段の仕事の時は冷静で無表情な彼しか知らないが、そんな彼がシェリー嬢の前でその澄ました表情をどんどん崩していくのを見るのは心地よい。

 シェリー嬢は本当に可愛かった。

 普段は官吏の制服しか見たことがなかったから、今日の外出用の装いを見れたの貴重だ。

 改めて彼女の知らない一面を見た気がする。

 可愛いシェリー嬢を覚えているうちに絵姿にでもしておきたいが、ここまですると変態だと思われるので自重しよう。

 可でもなく不可でないシェリー嬢のドレスが気になった。

 シェリー嬢にはもう少し華やかなドレスも似合うと思う。

 私なら流行の外出用のドレスをシェリー嬢に贈って着せてやるのに。

 そして私の手で脱がせてやるのに。

 いまの俺にはそんな権利はない。


 心の底から、ふたりを離婚させようとは思っていないし、セドリック殿からシェリー嬢を「略奪」しようとは思っていない。


 ただただ、シェリー嬢の幸せだけをシェリー嬢の笑顔を守りたいだけだ。


 だから、私が「女友達」として出来ることはしてやりたいのだ。

 例え、相手が私でなくても彼女が「恋」を知る手助けを。

 それでシェリー嬢が私を選んでくれるなら、最高だ。


 今日のシェリー嬢は「初めてのデート」の緊張でガチガチだったじゃないか。手が震えていたではないか!

 無理もない。

 私が知る限り、シェリー嬢は男性と2人で出かけたことなどないし、彼女からそんな話も聞いたことはない。

 わたしがセドリック殿だったら、シェリー嬢にあんな硬い顔はさせない自信があるのに。

 一緒に外を歩いたのなら、あの小さな柔らかそうな手を握ってやり、離すことなどしないのに。

 あと少し早く、この気持ちに気づくことができていたのなら何かが変わっていたのだろうか。


 いつまでも後悔は尽きない。

 私の恋に諦めはついているのに。

 


 酷く賑やかな街を歩いているはずなのに、私には楽しそうに笑っているシェリー嬢の声しかいまは聞こえない。

 いまからどこに向かおうか、あてもなくただ歩いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る