第11話 初めてのデートのお誘い
「長くお待たせして、申し訳ありません」
官吏の制服のまま、セドリック様との待ち合わせの場所に急いで向かった。
勤めて初めて、机の上を片付けないで退勤したと言っても過言ではない。
「今日はそのままで帰るのか?」
暗くてよく見えないがセドリック様がわたしの官吏服姿を見て、メガネをクイッとしながらもいつもより無表情で聞いてくる気がした。
「着替える時間がもったいないので今日はこのままで帰ろうかと。それに屋敷までたったの10分の距離ですしね」
愛想笑いをしながらセドリック様の方を見るが、いつもなら大笑いはなんてことはしないけど優しく微笑んでくれることをしてくれるぐらいはしてくれるのに、今日は疲れているのかセドリック様に表情は全くなかった。
最近は、知り合い以上友人未満の関係になれて調子にのっていたのですっかり忘れていたが、婚約をして初めてセドリック様に会った時のような無表情なセドリック様だった。
1時間もお待たせしたことを怒っているのかも知れない。
「あの。随分と遅くなって申し訳ございませんでした」
改めて、セドリック様へ謝罪を口にして、深々と頭を下げた。
「いや、それはいいんだ」
そう言うと、セドリック様はわたしのほうをようやく見てくれた。
「お待たせしたことを怒っていますか?わたしが時間を忘れて仕事をしてしまって、本当にごめんなさい」
久しぶりの怖いセドリック様でなんだか懐かしい。本当はとても優しい人だとわかっている。
そして、この怖いセドリック様を懐かしいと思えるぐらい成長?した自分の感情に少し驚く。
「仕事なら仕方ないよ。シェリーは仕事を愛しているし。それよりもさっき…」
「さっき??」
セドリック様の両手がわたしの頬を触ろうとして、途中で止まる。
「いや、なんでもない。帰ろうか」
ふいっと瞳を逸らされてしまい、そのあとは無言のまま歩いた。いつもより気まずい空気が流れる。
「次の休みはふたりでどこかに出かけないか?いままで2人で出かけたことがなかっただろう?」
ずっと無言で歩き続け、もうすぐ屋敷に着く手前でセドリック様がようやく口を開き、少しも楽しそうではないけどわたしをお出かけに誘ってくださる。
「そういえば、二人でお出かけをしたことがなかったですね。どこに行きますか?」
「シェリーは行きたいところはないのか?」
そう言われてしばらく考えるが、人生の中で男性と二人で出かけることをしたことがないので、突然に行きたいところと言われても思いつかない。
結婚してからの休日は、お互い自室で本を読んだり屋敷の事務処理をしたり、1歩も屋敷から出ない休日だった。
独身の時も休日は寮から1歩も出なかったのでなんら変わりない休日で疑問に思ったこともなかった。
「セドリック様はありますか?」
申し訳ないが、質問を質問で返す。
「ずっと考えていたのだが、思いつかない」
最近、セドリック様が考え込むことが多かったのはこのことだったのね。
思わず笑みがこぼれる。
「なんだ。なにが可笑しい?シェリーは行きたいところを思いついたのか?」
無表情だったセドリック様の表情が崩れ、少し照れているのがわかる。
女友達同志の会話を思い出そうと考えるが、思い出すの美味しいお菓子の店だとか、肉料理の店のことなどの会話だ。
わたし、いまとてもおなかが空いているのね。
「セドリック様、お休みの日はランチをしましょう。二人で外食も初めてですよね。それにエムアルさんやリオさんにもゆっくりしてもらえます」
「そうだな。それはいいな。あとは街を散策するか」
なんだか上手く話がまとまり、セドリック様のご機嫌も少し良くなったので胸をなでおろした。
約束の日は、リオさんが朝から「今日はご夫婦で初めてのデートですね」なんて変なことを言うのでクローゼットの前で固まってしまった。
今日はデートになるのだろうか?デートたるもの独身同志の行事じゃないのかしら?
わたしはただ、セドリック様という書類上の「夫」と昼ごはんを一緒に外で食べて、その辺りを散策して帰ってくるだけなんだけど?
クローゼットには必要最低限の服しか揃っていない。
官吏服×3,(どんな時にでも使える万能でオーソドックスな)ドレス×2、喪服×1、(脱ぎ着るがひとりでできる楽ちんな)屋敷用×3、(お茶会に呼ばれてしまった時の)外出用×2
今日は外出用の2枚から選択でいいんだよね?
デート服という種類の服は想像もしていなかったし、アクセサリーもおばあ様の形見分けでいただいたアクセサリー以外は持っていないし、こういうデートという行事ではなにかアクセサリーをつけていくべきなのだろうか?
通勤用と外出用と喪服用しかないバックは?靴も同じように3種類しかないけどどうすればいいのか?
途方に暮れたので、こっそりリオさんを探して自室に来てもらう。
リオさんは満面の笑みでわたしのデート初心者の雨のような質問攻めにひとつひとつ丁寧に答えてくれる。
持つべきものは優秀な侍女さんだと痛感。
侯爵家、さすがだわ。
なんとか「外出用」でそこそこに仕上がり、リオさんがあとは化粧と髪型です!と言って気合を入れて手伝ってくれたので、普段は背景に溶け込みそうなわたしも人並みにはなった。
執務室にいるセドリック様に支度が出来た旨の声を掛けに行く。
もちろん乙女小説にあるような女性がドレスアップして階段から登場する姿に男性が「息をのんで目を見張る」ようなことはセドリック様にはなく、書類に目を落としたまま無表情で「すぐ行く」と言われただけだったけど、こんな時に甘い言葉を吐かれたらどうしたら良いかわからないので、セドリック様の通常のその反応に少しホッとした。
わたしがセドリック様のいる執務室を出た後、セドリック様が「どうしよう…夢みたいだ」なんて呟いたことは知らない。
屋敷から5分ほどで着く街は休日で賑わっていた。
通勤で歩く道でもあるし、二人でいつもと同じように通勤の時にしている仕事のような会話をする。
「今日のお出かけにタイムスケジュールを作ってみた」
「それはありがとうございます。拝見しても?」
セドリック様はこくりと頷き、渡された紙を見るとセドリック様の几帳面な字でびっちりと書かれていた。しかも地図などは絵になっていて、それが妙に上手い。意外なセドリック様の一面を見た気がした。
「すごいですね。街のお店の並びとか頭に入っているんですか?」
眼鏡をクイッとしながら、いつもより誇らしげにセドリック様は微笑んだ。
「納税の件があるから大体は頭に入っているよ。」
おおっ。さすが「金庫の番人」だわ。
この人がいる限り、王城のお金は安泰ね。
それにしても、このタイムスケジュールは分刻みで書かれている。
デートというものは恐ろしく忙しいものらしいが、このように分刻みで組まれていると挑戦状を突きつけられた気分になり、完璧に成し遂げたくなるのはどうしてだろうか。
予定通りの時刻ぴったりにお店に着くと、昼時ということもあり満席だった。
テラス席なら空いていると言われ、スケジュール通りに行動したいわたし達はテラス席に座ることにした。
街の喧騒がよい音楽となり、割と無言で向かい合って座るわたし達には程よい。
「シェリー嬢だよな?そうだよな?」
突然、わたし達の座るテーブル席に影ができたと思い見上げたら、よく知った長身の栗色の髪の毛の人物が立っていた。
「プジョル様!!」
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