第13話 優しくて大きな手

 プジョル様のランチ飛び入り参加で初デートは「基本のデート」というものとは随分と違うものになってしまったが、おかげで緊張も解れて、とても楽しい時間を過ごせた。


 あの後は楽しい気持ちのまま、大幅に変更を余儀なくされたスケジュールを片手に、セドリック様の華麗なるご手腕(執念?)でなんとか巻き巻きであったけど、全てのスケジュールをクリアした。

 そしていま、エムアルさんとリオさんが待つお屋敷にお土産を持って無事に帰って来れた。

 朝、お屋敷を出発した時は、セドリック様とふたりきりの外出に気負ってしまい、緊張でガチガチだったけど、いまはセドリック様と笑いながら帰って来ることができた。

 今日はふたりの関係が友達ぐらいにはなれた気がする。


「シェリー様、今日は楽しかったようで良かったですね」

「リオさん、今朝は出掛ける準備のお手伝いをありがとうございました。おかげで楽しい1日を過ごすことができたわ」

 わたしは着替えながらリオさんと顔を見合わせて、ふふふと笑い合った。


「…………」

「シェリー様?」

 お屋敷に帰ってくる途中から、何やら胃のあたりがムカムカしていて、気分があまり良くなかったのだ。

 楽しい気持ちが上回っていたから、あまり気にしていなかったけど、お屋敷に着いてリオさんの顔を見て安心したのか気が緩んだら、一気に吐き気が催した。


 胃のあたりを抑えながら、ますます気分が悪くなり我慢が出来なくなって、その場にとうとう座り込んだ。


「シェリー様、どうされました?」

「リオさん、すみません。吐き気が…吐きそうです」

 口元を手で覆う。

「ええっ?シェリー様、もしや悪阻(つわり)ですか?」

 きゃ〜♡とリオさんが盛大に誤解しながら、わたしの部屋を飛び出し、桶を取りに走って行ってくれる。


 リオさん、ごめんなさい。全然違うんです。

 たぶん、ランチで食べた貝が原因で食あたりかと。

 わたし達、同じ寝室とはいえ真っ白いままですから。

 いまは否定する元気も余裕もない。

 

 その後からは地獄のような時間の始まりだった。

 盛大に誤解したリオさんがわたしの吐き気を悪阻(つわり)だとセドリック様とエムアルさんに誤報告し、身に覚えのないセドリック様がわたしの部屋に血相を変えて飛び込んでくる事態となった。


「…セ、セドリック様。大丈夫ですから…」

 いま、彼がわたしの背中を大きな温かい手で優しくさすってくれる。


 嘔吐するような情けない姿をセドリック様にお見せし、もう死にたいぐらいだ。

 こんな姿を見せたらもう結婚できない… あ、結婚したんだ。


 わたしのそんな情けない姿を見てもセドリック様はずっと優しく背中をさすり続けてくださる。

 その大きな手が優しくてとても安心する。


「シェリー、お医者様を呼ぼう」

 セドリック様がわたしの頭を撫で、髪の毛を掬いながら、心配そうに顔を覗き込んでくる。


「セドリック様、これは食あたりです。胃の中のものを出し切ったら、水に砂糖を多めに溶かして、塩をふたつまみとレモン果汁を入れたものを飲んだらなんとかなります」

 涙目になりながら、セドリック様にお医者を呼んでもらうほどのことではないと目で訴える。

 セドリック様はわたしの意を汲み取ってくださったのか、リオさんに目配せするとリオさんが真剣な眼差しで頷き、すぐに準備をしに行ってくれた。

 

「シェリー、俺がいるから安心して」

 わたしの前髪を優しく掬いながら、セドリック様がわたしに微笑む。

 優しい言葉にじわりと目頭が熱くなる。


 寮生活をしていたときにも食あたりになったことがあるけど、あの時はひとりだった。

 暗い部屋でひとり込み上げてくるものと孤独に闘った。


 いま、セドリック様の大きな手がとても温かい。

 何度も何度も吐き気が込み上げてくる度に、セドリック様は優しく背中をさすり続けてくださった。


 ようやく胃が落ち着いた頃には、わたしは朦朧としていて衰弱が激しく、セドリック様に抱えられるようにして床に座り込んでいる状態だった。

 濡れた布でわたしの顔を拭いてくださるセドリック様が神様に見えてくる。

 羞恥心はあるのだけど、抵抗する力はなく、いまはセドリック様に介抱されるがままである。


 セドリック様がわたしが先ほど伝えたレシピの飲み物をカップで渡してくれたけど、朦朧としているのと体力がなく、カップを持つ手がカタカタと震えて水平に保つことすら難しい。

 見兼ねたセドリック様が少し考えてから、その飲み物をわたしから取り上げて口に含むと、口移しで飲み物を飲ませてくれた。

 柔らかい唇が触れて、水分が流し込まれる。


 コクっと飲み込み、口の端から垂れるとセドリック様が優しく舌で拭いてくださる。

 水分が身に染みるし、唇が気持ち良い。

 

 繰り返し何度も何度もそうやって飲ませてもらう。

 水分を欲している身体(からだ)にはなんとも心地よく、夢心地だ。

 

「どうやら熱が出てきたみたいだね。シェリー、ベットに運ぶね」

 温かい大きな手が額に当てられた。

 その手の気持ち良さに縋りたくて、思わずぎゅっと腕を掴む。


「シェリー、大丈夫だよ。俺に身を任せて」


 身体(からだ)が揺ら揺ら揺れて夢心地。


 そのまま、わたしはその温もりに安心しきって、意識がなくなった。

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