第5話 セドリック視点

 結婚式直前になにか嫌な予感がして、事前に職場には結婚式の翌日に仕事に復帰をするかもと伝えていたが、「本当に出勤をしてくるとは思わなかった」と同僚に驚かれた。普通の新婚夫婦は結婚式の後は、蜜月のため1週間ぐらいは休みを取るものだ。

 俺もまさか本当に出勤することになるとは思っていなかったが、シェリーが出勤をするのだから自分だけ休むわけにもいかず出勤をしたのだ。

 

 本当は昨晩、あのままシェリーを抱きたかった。

 途中で自分の欲望を制した自分を褒めてやりたいぐらいだ。

 

 今朝は俺も一緒に出勤をすると申し出たのにシェリーに丁重にお断りをされた。彼女は玄関で丁寧なおじぎをすると、俺から逃げるように小走りで出勤していった。

 俺といっしょにいるのが余程気まずいのだろう。

 その様子を目撃した同僚からは、同情的な目を向けられた。初夜の翌日に元気に走って出勤する妻など、初夜はまるでなにもなかったことを宣伝して回っているもんだろう。


 俺とシェリーは婚約が決まってから結婚式まで、たったの1日しか顔を合わせていない。だから夫婦になったのにそれはたまに会う友人よりもほぼ遠い、ほぼ他人の距離だ。


 俺は馬鹿だ。


 彼女に嫌われたくなくて、シェリーに提案された結婚式までの段取りの「効率重視」というものを受け入れたことをずっと後悔している。

 本当はもっとシェリーと結婚するまでにいろいろなことを話したかったし、もっと一緒にいたかった。

 出来ればそこは非常に非効率で良かったんだ。

 幸せそうにウェディングドレスを選ぶシェリーをゆっくり眺めていたかったし、結婚指輪だって一緒に選びたかった。寮から新居への引っ越しもふたりでしたかった。

 

 でも、シェリーはそれを望んでいないのが提案を聞いたときにすぐにわかった。


 最初に彼女から小さなメモで呼び出しをされたときは、飛び上がりそうなぐらいうれしかったのに、その感情を悟られまいと無表情になってしまったし、その上彼女の自己紹介を遮ってしまった。本当はずっと前からシェリーのことを知っていたと伝えたかったのに。


 そこから間違いは始まっていたのだ。


 俺は学生時代からずっとシェリーが好きだ。

 シェリーしか目に入っていなかった。

 縁談は山のようにあったのは知っている。でも全て断ってきた。

 だから今回、シェリーとの政略結婚の話が持ち上がった時は願ってもいない良い話で、俺はすぐにこの縁談に飛びついて二つ返事をした。


 初夜に「愛している」とシェリーに言ったのは嘘でなく、彼女を気遣った訳でもない。

 俺の本心だ。

 それなのに、俺の本心を「気遣い」だと思っているシェリーから、今後は愛を囁くことを禁じられてしまった。

 次に愛の言葉を囁けば俺は離婚をされてしまうらしい。


 そして、俺は初夜にシェリーから、「白い結婚」と「1年後に離婚」を提案された男だ。しかも愛する妻の口からほかの女との「再婚」を勧められる始末。

 

 普段から冷静に的確な判断ができるようにと自己研鑽に励み、努めている俺が、シェリーからそのことを告げられた時は悲しくて、憎くて、愛しくて、彼女をめちゃめちゃにしたい感情に襲われた。

 思わず、彼女への感情が爆発してしまったのはまずかった。彼女のことになると、こんなにも余裕がなくなるなんて。

 確かに昨夜の初夜では俺はシェリーを抱くつもりはなかったのに。ただ、一緒にこの腕に抱きしめて眠れたら良かったのだ。

 

 彼女に俺への気持ちがないことはわかっていたから、無理はさせたくなかった。

 

 だから、愛するシェリーに俺の気持ちに気づいてほしくて、ついつい思ってもみないことを口にしてしまった。


 「シェリーが望むなら白い結婚でいい。それに俺の愛するものがわかったら離婚してあげる」


 シェリーが俺の気持ちに気づいた時点で、俺はシェリーの離婚の申し出に応じなければならない。

 俺はシェリーと絶対に離婚はしたくない。

 自分の気持ちをシェリーに悟られないようにしなければならないのか?

 いや、いまでも愛がダダ漏れている気がするのに、ほぼほぼ無理な話だ。

 

 それにこのまま白い結婚で良いわけがないだろう!

 昨晩、俺は長年の夢だったシェリーをこの腕の中で抱きしめ、お互いを求め合うような深いキスまでしたのだ。

 柔らかくていい匂いがして、形の良い唇から甘い声が漏れて。

 俺の執拗なまでの口内の愛撫に懸命に応えようとするシェリーが愛しくて、可愛くて。

 もうこれを知ってしまって、白い結婚とかシェリーを手放すとか無理な話だ。

 彼女に捨てられないように縋りつくしかない。

 心も身体も俺しか考えられないようにするしかない。



「儀典室の多才」と密かに呼ばれているシェリー・クラスト。

 彼女を知ったのは随分前だ。学生の頃に遡るから7年前ぐらいだろうか。

 最初はテストの成績で、常に1位の自分に食らいついてくる2位の女の子の顔を見たいという好奇心がきっかけだ。

 ビン底メガネのガリガリと勉強をしているタイプだろうと想像していたのに、初めて見た彼女は俺の予想をあっさりと裏切った。

 綺麗な長い金髪をゆるやかに編み込み、友人に囲まれて楽しそうに笑っている笑顔が魅力的な女の子だった。


 図書室でよく見かける彼女が手に取る本は少し特殊で、「世界の岩石」「カクテルの作り方」「大陸の民族衣装」と絵の多い本ばかり。

 それを表情豊かに読んでいる(見ている)ものだから、ついつい目で追った。

 絵が多い本のなにがそんなに面白いのだろうか。それでもそんな彼女を眺めているのは楽しかった。

 最初は彼女を偶然見られるだけで十分だったのに、気づけば遠くや群衆のなかに彼女がいても、見つけられるようになっていた。

 そして、彼女に俺の存在を知って欲しくて、必死に学年1位の座をキープした。


 卒業後はそんな彼女を「愛でることができない」と嘆いたが、彼女が王城勤めでしかも寮生活も同じとわかると、普段は祈ったこともない神に感謝した。

 彼女はたおやかであり、しっかりと自分を持っている女性だ。

 仕事で俺がどんなに厳しい指摘をしても逆上することなく、指摘された意味を丁寧に考えてくる人間だ。


 そして、器用にどんなことでも上手くこなす。

 それが「儀典室の多才」と本人が知らないところで呼ばれている所以だ。

 先日行われた王家主催の舞踏会で彼女は裏方で楽しそうにカクテルを作っていたのを俺は知っている。

 配膳係の予算が足らず、彼女が助っ人で手伝っていたのだ。

 学生時代に図書室で読んでいた本の知識をこのように活かす彼女の機転と知識の深さに思わず言葉を呑んだ。


 そんな彼女には浮いた話がひとつもなく、仕事に夢中であるのはずっと愛でていたからよくわかっている。

 仕事が恋人のような彼女に安堵するとともに、偶然にもこんな俺の「妻」になってしまったシェリーを愛でることだけに満足できずに、シェリーの綺麗な青い瞳に俺を映して欲しいという欲にかられる。


 それがだ。

 たとえ政略結婚であってもようやく彼女の隣にいられる権利を得たのに、彼女のなかには全く俺との未来は視野に入っていない。 

 このままではシェリーに離婚されてしまう。

 今朝もあっさりと仕事に彼女を取られた。

 

 よく世間の嫁が旦那に言うセリフがあるだろう。

 「私と仕事、どっちが大事なのよ!!」と。

 俺がシェリーに同じセリフを言えば、躊躇することなく「仕事」と言われるんだろうな。

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