準急と三日月と打上花火

椎名 青

花火大会

数日前が立秋。一応、暦の上では。

でもまだ、夏が終わる気配なんてない。気温だってずっと高いし、蝉はずっと鳴くし。


ついこの間、寝苦しくて深夜に起きた時、蝉が深夜にも鳴くのを初めて知った。

そんなことを思い出しながら、そそくさと身支度をしている。

花火大会だからって、少し張り切り過ぎなのかもしれない。鏡の中の自分は少し気どっている。せっかく彼の地元に行くなら、可愛くしていきたい。彼の地元の友達に見つかって冷やかされたい。冷やかされるくらいには、可愛い姿でいたい。

結局自己満足か、と呟いて、彼とのお揃いのネックレスをワンピースのポケットに入れる。向こうでつければいいやと思って。


彼とは学校で出会った。一目惚れだった。でも今は、ときめくと言うより、熟年夫婦のような関係性になってしまった。仲が悪いわけではない。むしろ仲はいい。ドキドキしないだけだ。


私の地元から彼の地元までは電車で1時間。私立校で出会ったが故の遠距離恋愛。いや、中距離だろうか。広い地球の枠で見れば短距離なのかもしれないとさえ思う。


彼の最寄り駅は準急と普通しかとまらないから、私は赤い準急に乗った。

彼の街まで行くときに、車窓から景色を眺めるのが好きだ。でも花火大会があるから、いつもよりすごく混んでて、外を見る余裕なんてない。もうこれ以上乗れますか?と尋ねたくなるレベルの混み具合なのに、次から次へと人が乗ってくる。


降りたら彼が待っていた。

いつもの優しい眼差しで私を待っていてくれた。


正直、そこから何があったか覚えてない。

多分歩きながら色々話したはずだけど。夕焼けのグラデーションと、暑さと、帰りたくないって感情があったのだけを覚えている。


公園に着いてシートを広げて座る、なんてわけがなく、用意が十分でない私たちはタオルを敷いて座った。よりによって幅の細いマフラータオル。周りの人はしっかりシートを敷いている。悔しいかな、負けたと思った。

屋台ではたくさんのものを買った。付き合ってすぐの頃に行ったお祭りは、お互い緊張しすぎてほとんど何も買えなかった。好きな人の前で肉の串焼きなんて買う勇気がなかった。

そんな気持ちはどこへ。このほぼ熟年夫婦の高校生カップルは肉の串焼きといか焼きとたこ焼きとフランクフルトを買った。あと、ラムネ。


三日月綺麗だね


私が言うと彼は、


うん


と答えた。それからすぐに花火が上がった。

人生で初めて、花火の真下にいた。

真上に咲く大輪の花を見るうちに涙が出てきた。欠伸だと思う。多分。

お互い眠くなるなんてお子様だなと思う。


嫌だ帰りたくない。

帰りたくない、彼とずっと一緒にいたい。

花火が終わったら日常に連れ戻される、私の夏は終わる、ここまでの楽しみがもう消える。


駄々をこねる幼児みたいな言葉が次々と脳に浮かんだ。


最後の花火が消えた時、私は泣いていた。

彼が言った。


大丈夫だよ。夏は何度でも来るよ。

その度にここに来てよ、毎年花火見るんだよ?

ずっと一緒にだよ?


そんな優しいこと言うから、この夏に閉じ込められたいって思ってしまったんだよ。


帰りは別の路線の電車に乗った。

初めて乗る電車の夜景は、薄暗かった。生活の灯火が何個も見えるのは愛おしく、時折横を通る新幹線が好きだった。


乗り換えの駅のホームで泣いた。1人だった。

私の夏は終わったと思った。

孤独だった。

あの全部のきらめきと歓びはなんだったのだろう。どうして今こんなに辛いのだろう。



あぁ、そうか、私、楽しかったんだ。

すごく幸せだったんだ。だから、もう今日に留まってたいんだ、明日が来ないで欲しいんだ、夢の中にいたくてたまらないんだ。


乗り換え後は目を瞑って、22時の夜を泳いだ。

走り出してよ、普通列車で、夜を越えて。

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準急と三日月と打上花火 椎名 青 @bleu_417

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