2:硬い高い痛い
「ここが【
「名前の通り、暑いな……」
ダンジョンに入った瞬間から、ムワッとした熱気が俺たちを包み込んだ。
安全性から長袖長ズボンを着ているため、なおのこと暑い。
このダンジョンの特徴を簡潔にまとめるならば、「硬くて暑い」になるだろう……そんな感じのことがネットに書いてあった。
硬い甲羅を持つ敵が出てくるのが、前回の【
「さぁ、進もう。一応、ここは暑いだけのD級。シルフィアなら一瞬で攻略できるさ」
「そうだね。そう信じて頑張るよ」
〈天眼〉を使って周囲に魔物がいないか確認しているが、どうやらすぐ近くにはいないらしい。シルフィアもそれに気づいている。
ギルドでもらった地図を広げ、
「……敵だ」
歩き始めて数分。シルフィアがぽつりと呟く。
慌てて俺も〈天眼〉を起動すると、確かに魔物の姿が確認できた。
「それじゃ、倒してくるね」
腰に下げた剣を抜き、魔物に近づいていく。
――そこにいたのは、巨大なヤドカリだった。
こいつの名前はロックハーミット。
本物は貝に入っているが、こいつは岩に入っていて、見るだけで硬いのが分かる。
それに加え、デカい。岩を含めたら高さは2メートル近くある。
膝上あたりに顔みたいなのがあって、絶妙な気持ち悪さだ。海はあんまり行かないから慣れてないんだよなぁ。
「ふぅ……」
剣を中段に構えて深呼吸をし、シルフィアは強く踏み込んだ。
「――破ッ!」
そして――剣を振り下ろす。
「――!?」
ロックハーミットが声にならない声で叫んだときにはもう遅い。
パカッ、と全身が一刀両断されて倒れる。
「おぉ!」
「これくらい楽勝よ!」
……これって、つまりは岩を切ることくらい楽勝、と言っているのではないだろうか。
「さ、さて魔石を……ってあれ、なんか地面が揺れてるような」
足元から揺れが伝わってくる。それもかなり大きい。震度3以上はあるか?
「ごめんね、伶。お詫びに……《
「な、なんでシルフィアが謝るんだ?」
「ほら、足元見て」
指し示されたのは、さきほどのロックハーミットの死体。
何がおかしいのか疑問に思っていると、そこから亀裂が伸びていることに気づく。
「もしや、あなた……」
「ここ、ダンジョンが作るはずの防壁がなかったみたいだね……ま、まぁその結界があればどれだけの高さから落ちても大丈夫だから! ね!」
「おいおい嘘だろっ――」
俺がそう発した瞬間、浮遊感を覚えた。
転移するときより何倍もふわっとなっている。
ま、そりゃそうだろうね。転移と実際に落ちるのではわけが違う。
「うわああああああああ!」
こうして、俺たちは入って早々に大事故(原因シルフィア)に巻き込まれたのであった。
◇
「いててて……」
微かな痛みに目が覚める。
「ここは――あっ」
しばらくぼーっとしていたが、ここにたどり着くまでの出来事を思い出す。
「おーい! シルフィアー! どこにいるー!」
……しかし、帰ってくるのは反響した自分の声だけ。足音も何も全く聞こえない。
「ちょっと待て。もしかして俺一人でこの状況をどうにかしないといけないのか……!?」
死んだな。今回こそ遺書を書くべきだった。いままでありがとう。
「そんなこと考えても仕方ないよな……せめて、やれることはやって死にたい」
ふと、腰に固定された剣に触れる。
幸いなことに、ちゃんと剣も鞘も無事なようだ。
これがあれば、もしかしたら戦えるかもしれない。
身体の周りを覆う薄い膜――結界はまだある。
「よし、行こう」
〈天眼〉を使ってシルフィアを探す。
すると、いくつもの壁の先に人影が見えた。距離は遠いが、どうやら同じ階層のようだ。
それがシルフィアかどうかは分からないが、賭けるしかないだろう。
――数分ほど歩いただろうか。
ついに魔物と遭遇してしまった。しかも、通路を塞ぐように立っている。
「仕方ない……」
腰の剣を抜き、中段に構える。
これは親父から習ったもので、シルフィアのものとは少し違う。
日向には小馬鹿にされたが、親父――A級は人外の領域だ。
そんな人の訓練に付き合っていける方が異常なのである。
考えてもみてほしい、握力1トン、50メートル走3秒の人間と戦う様子を……
前回はかなり失敗したが、実戦の感覚は前回のゴブリンで掴んでいる。
多分、今回こそはいける。
ちゃんと師事していないだけなのだ、俺は。
「すぅ……はぁ……」
相手は岩の人形――いわゆるゴーレム。
今回は運がいいのか、武具はつけていない。
しかし全身が岩の鎧で覆われている時点で、その身体が武器になる。
「とりあえず――仕掛けよう」
走り出し――一閃。
小手調べの袈裟斬りだったそれに対し、左腕を使って防御したゴーレム。
弾かれるだろう、と思っていた矢先、ドスンと地面が揺れた。
また
「切れ味、とんでもないな……」
岩を切れるのはどうやら俺もだったらしい。
もっとも、原因の99%がこの剣にあるだろうがね。
さすがの切れ味に引きつった笑みを浮かべてしまうのはもはや必然だ。
「これならっ……!」
希望の光を見出した俺は、すぐさま攻撃に転じる。
右腕に対し、一文字で両断。
怒りにまかせて振り降ろされた手の無い腕を刀身で受け止め、力を受け流して横に回り込む。
そして足を切断。
力なく倒れ込むゴーレム。
「トドメだ!」
胸の辺りにある宝石――動力源だ――に、思い切り突きを食らわせる。
そして、ゴーレムは完全に活動を停止した。
「よしっ! 魔物初討伐っ!」
思わずガッツポーズをしてしまう。
やはり、何かを成し遂げるのは気持ちがいいものだ。
人生で何かに本気で打ち込んだことが少ない俺にとっては、何物にも代えがたい快楽なのだ。
――そんな愉悦に浸っていられたのも束の間。怪しい気配を背後に感じて振り返ると、大きな腕が俺を押しつぶそうとしていた。
慌てて剣を横にして防ぐも、膂力の差でジリジリと押されている。
「ぐっ……!?」
ダンジョンでは何が起こるか分からない。それは分かっていたが、まさかこんなことになろうとは。
「ギギギッ」
機械のような音が聞こえた刹那、俺の視界は一瞬で移り変わった。
直後に腹部と背中に感じる痛み。結界があってこれほどとは、いったいどれほどの威力だったのか想像もつかない。
「くそっ、壁にぶつけられて――!?」
身体を動かそうとするも、思うように動かない。
今の攻撃で骨が折れたかと思ったが、すぐに原因に思い当たる。
それは、「恐怖」だ。
シルフィアがいないことによる恐怖。
先程までの陶酔したような全能感は霧散し、ブルブルと震えることしかできない。
――
そう思うも、身体は動かない。
もし逃げ出せても、逃げ切れる確証はない。あの妙に長い腕で殴られたら終わりだ。
着々とこちらに近づく謎の――苔むした機械のように見える――巨人。それが、「死」そのものにしか見えなかった。
そして、またもや腕が振り上げられたとき。
咄嗟に最後の打開策を思いつき、呟いた。
「頼む。どうか、俺を助けてくれ――〈召喚〉ッ!」
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