3:選ばれたのは商人でした

 謎の巨人との間に魔法陣が現れると、巨人は狼狽えたのか動きを止めた。


 先日と同じようにくるくると呑気に回転する魔法陣。

 次第に輝きが増し、視界を塗り潰すほど煌めき始めた。


「ギギッ……!」


 それに何かを感じ取ったのか、巨人が慌てて腕を振り上げる。

 しかし逃げ場所がない。

 今から召喚されるのが何かは分からないが、ともかくそれに賭けるしかない。


 俺は、心の中で必死に「俺を守ってくれ!」と身勝手な事を叫んだ。


 そして腕が振り下ろされる瞬間――


 ガンッ!


 と、耳をつんざく打撃音が聞こえた。


 もしや、召喚されたのは物体なのだろうか。目を閉じているから分からない。鉄製の何か? だとしたら持って帰れないしちょっと困るんだが……


「……あ、あれ? ここどこ? さっきまで森の中にいたはずなのに」


 聞こえてきたのは、日向くらいの幼気な声。

 つまりは少女ということだ。


 人ならば問題ないだろう、とゆっくり目を開けると、そこにあったのは鉄の山だった。


 ……鉄の山だけじゃ伝わらないな。長方形の黒い鉄の板が何かを覆うように囲われている。隙間もほとんどない。言うなれば、「盾」だ。


「頼む! 目の前の巨人を倒してくれ! あるいは俺を逃がしてくれないか! 混乱しているところ悪いが――」

「なるほどね。それで、いくら出す?」


 ……ん? 俺の聞き間違いだろうか。

 姿も見せぬ彼女は今、巨人にガンガン殴られながら俺に値段交渉をしている。まさか、そんなはずはない。


「いくら出すの?」

「……君が理解しているかは分からないが、ここは異世界だ。だからその……貨幣価値とか何もかもが違う」

「うんうん、なるほ……ど……?」


 交渉する商人、みたいなかっこよさ――押し付けがましい感じもあったけど――が一気に消え失せ、ゆらゆらと揺れながら立ち上がる少女。


 盾ごと持ち上がったので顔はまだ見えないが、いかにも動きやすそうな焦茶色のパンツを履いていることは分かる。

 

「あぁもう! こいつ邪魔! 〈金魄ゴルドリール〉!」


 少女がそう叫ぶと、巨人の動きがいきなり静止した。ずっと殴り続けていたのに、だ。

 そしてその直後、巨人の身体がだんだんと金色に染まっていっていることに気がつく。

 

 数秒後、身体の一切が金になった。キラキラと、思わず目が惹きつけられてしまうような煌めきを放っている。


「これもしまわないと」


 そう言って、頭に被っていた盾を外し、シルフィアと同じように虚空に仕舞い込んだ。


 ――そこにいたのは、金髪ツインテールの美少女だった。


「ふぅ……な、なによ。そんな風に見つめられても困るんだけど?」


 ……俺のスキル〈召喚〉は、どうやら美少女しか召喚できないらしい。


「と、とりあえず、助けてくれてありがとう」

「お礼なんかいいよ――」


 すごいな、ここで礼はいらない、なんてかっこいいセリフが言えるなんて尊敬する。


「その気持ちがあるならカネちょーだい。謝礼ね」


 前言撤回! こいつ守銭奴だぁ!!! そういやさっきも言ってたし!


「いや、さっきも言ったけどここは異世界! だからその話は後で頼む!」

「異世界……ねぇ。まいいや。信じたげる。嘘だったら色々請求するから」

「あっ、はい」


 もう何も言うまい。彼女には勝てる気がせん。


「ちなみにさ、ブラウディカ商会って聞いたことない?」

「ブラウディカ……ごめん、知らない」

「そ。じゃあルナイルって名前も聞いたことない?」

「それもないかな……」

「ほ、ほんとに?」


 さっきまで余裕綽々みたいな雰囲気だったのが、信じられないみたいな顔をして俺の目を覗き込んでくる。

 

 この喋り方、見た目……言うなればツンデレギャル、といったところか。

 シルフィアとは全然違う属性が来たものだな。素晴らしい。


「ってことはここはアルファナス王国じゃないのね。異世界って話に信憑性が増したわ――っと。自己紹介が遅れたわね。私はルナイル・ブラウディカ。王国一の大商人よ」


 王国一と自分で名乗るなんて、よほど自信があるのか、それともそれくらいの実績を持っているのか……どちらにしろすごそうだ。

 もしかしたらシルフィアとも知り合いかもしれないし、さっさと合流してしまいたいところではある。


「そ、それはすごいな。俺は朝宮伶。何にもすごくないが、よろしく」

「レイ、ね。分かった。あんたには責任取ってもらうんだから、よろしくしてくれないと困るわよ」


 た、確かに……ド正論だ。

 しかし言い方がよろしくないな。まるで俺がクズみたいじゃないか。


「とりあえず、俺はこのダンジョンに一緒に来た人を探してる。方向は分かるから、一緒についてきて欲しい」

「へぇ、そうなの。ここで別れても仕方ないし、ついてってあげるわ」


 ◇


 それから俺たちは歩き、魔物を倒し、歩き、金に変え、歩いた。

 この剣の切れ味は衰えることなく――それどころか良くなっている気がする中、〈天眼〉に映る人影にだんだん接近していく。


 その道中、ルナイルと色々話をした。

 異世界での輝かしい商売の日々とか、ライバルに打ち勝って頭を踏みつけ、「ざまぁ」と罵った話とか、将校を失脚させた話とか、とんでもない事を聞いてとても楽しかった。


 あと驚いたのは、年齢が同じだったことだ。それでこんな人生歩んでるのも相当おかしい。

 俺? この話を聞いた後で意気揚々と話せるような人生歩んでないです。

 

「おぉ……いきなり広い空間に出たな」


 暑さが真夏の日本を超え始めてきた。恐らく40度前後だろうか。

 そんな中、一際大きな空間に俺たちはたどり着いた。


「レイ、見て。あそこにいるの……」


 ルナイルが張り詰めた顔持ちで指をさした場所には、大きな生物がいた。仁王立ちしたモグラのような、不可思議な生命体だ。


「あれは……火岩竜フレグドラ。B級の魔物ね。分類上は竜だけど、翼もない下級の竜ね。あたしがギリギリ倒せるくらいかしら」

「嘘だろ……それ俺だったら太刀打ちできないんじゃ?」

「あんたの剣の切れ味は信じられないほど高い。あたしとあんたが協力して倒せばいけるかもしれないわよ」

「……分かった」

 

 渋々納得した俺は剣を構えた。


 逃げ道はない。さっきまで一本道だったことがそれを証明している。

 唯一の道は、火岩竜フレグドラの奥にある。


「あたしがこいつを引き付ける。あんたは隙を狙って攻撃して!」

「了解!」


 するとルナイルは「〈金守ゴルディース〉!」と叫び、頑丈そうな鋼鉄の盾を出現させた。


 俺はそっと視界から外れるように横へ駆け出し、隙を伺う。


「あたしを見ろ! 《岩弾ロックバレット》!」


 ルナイルは商人だが、一人でも戦える能力を持つ。

 特に集団戦闘のときは、盾役タンクになって前線の維持をするらしい。だから召喚したときに盾の中に引きこもっていたのだ。


「グラアアア!」


 火岩竜フレグドラは雄叫びをあげ、威勢よくルナイルへ攻撃する。だが、黒く光る鋼鉄の盾はびくともしない。本人曰く、商品を運ぶときに鍛えられた筋肉が成す技なのだとか。


 と、その隙に俺は背後から剣で斬りかかる。


「グルッ!?」


 さっきからなんでもかんでも両断するこの剣は、こいつのゴツゴツした岩がトゲみたいに生えてる背中でさえも容易く斬り伏せた。


「ルッ――!」


 傷口から流れ出る血液。


 それは勢いよく溢れ始め、地面に広がりジュッと音を鳴らし――ん?


「気を付けて! そいつ、血がマグマみたいに熱いから!」

「はぁ!?」


 それ、返り血とかがついた時点で大怪我確定なんですけど?


「気にしたら負け! さっさと倒して!」

「あぁもう!」


 俺に意識を向けた火岩竜フレグドラは、血を流しつつ俺の方を向き、口から何かを噴き出そうとする。

 咄嗟に逃げ出した俺と、その間に入って盾を展開するルナイル。


「グルルラアアアッ!」


 怒りとともに噴出したそれ――ブレスというやつだろう――をルナイルが全て受け止めている。


 まったく、頼りになる盾役タンク様だ。


「うおおおおお!」


 覚悟を決め、剣を再び握り直す。

 

 そして、全速力で駆け出し、思いっきり跳躍する。


「くたばれッ!」


 ザシュッ――と首元に剣が突き刺さる。


「ッ……」


 刹那、ブレスが止まり、倒れ込む火岩竜フレグドラ

  

 血に警戒して距離を取るも、何も起こる気配がない。

 

「やった……のか?」


 言ってからフラグかと震えたが、その身体が粒子になって消えたことで杞憂だったと理解する。


「「やったああああっ!」」


 こうして、即席パーティの俺たちはB級の魔物を倒すことに成功したのだった。

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