2:シルフィア、つっよ

「はぁ!?」という俺の声が、ダンジョンの中に響き渡る。


 おかしい。あまりにもおかしすぎる。


 俺の計画では、召喚したものを持ってこのまま入口の転移魔法陣まで戻って帰還し、家まで帰る予定だった。

 それが人だっただけでも予想外だし、ましてや出会って早々魔物狩りを敢行しようとするなんて誰が予想できるだろうか。


「な、なんでいきなり魔物狩り……!?」


 さすがに疑問に思ったので、驚きつつも理由を聞いた。


 ――すると、シルフィアはなんて言ったと思う?


「だって食料が手に入るじゃん。私なら超美味しく料理できるよ?」


 一般的に、ダンジョン産の食料は美味と言われている。

 異形の魔物は少なくとも美味しくなさそうに見えるが、魔力とかそこらへんが影響しているため普通のものより美味しいらしいとどこかで聞いた。

 しかしその食料は自律思考し、武器や魔法を用いて戦う。その危険度が故に価値は高く、富裕層か探索者しか食せない幻の食材とも言われる。


 だが、彼女はS級冒険者。実力は恐らく申し分ないだろう。

 俺にはかの有名な〈鑑定〉スキルがないから確信はないが、肩書きがそれを証明しているのだ。というか、ここで信じないときっと何も出来ない。


「その話、マジ?」


 好奇心と恐怖心、割合にして7:3くらいの胸中から発せられた言葉。その返答は、


「ガチのマジ」


 ということで、今俺は絶賛ダンジョン探索中だ。


「ダンジョン……初めてだったのにノリで魔物討伐する羽目になっちゃった……」

「まぁまぁ。ここはお姉さんに任せなさい! ダンジョンに潜った回数も制覇した回数も三桁ある私にかかれば、こんなD級ダンジョンなんて余裕だよっ!」


 そう。ここはD級ダンジョン。

 名前で言うならば【第一歩の境界線ファースト・ボーダー】。


 その名の通り、ここを超えられるか否かが境界線――つまり、探索者として生きていけるかの分水嶺というわけなのだ。


 ここで出現する敵――よく魔物とか言われるやつらだ――は弱い。最低ランクのD級に指定されていることがその証左だ。

 といっても、なんの訓練もスキルもなしに成人男性が入ったとして生きては帰ってこれない程度には危険な場所というのは有名な話。


 そこに、まだまだうら若き高校生、つまり俺が歩いている。

 うん。遺書くらい書けばよかったかな?


「さ、三桁!? 詳しい数字は……聞いたら更に驚いて腰を抜かしてしまいそうで聞けそうにないな……」


 驚きすぎてさっきまでのシリアスな恐怖どっかいっちゃったよ。どうしてくれるの? もうまだ見ぬ敵よりシルフィアの経歴のが怖いよ。

 よし、絶対に怒らせてはいけない人ランキングに殿堂入り決定だな。


「ふふっ、そうだね。あっちでもよく貴族が絡んできてさ、そのときに実績を言うと伶と同じ反応をしてたなぁ。最近はもう世界中に名前が知れ渡っててそういうことは起きなかったけど――」


 シルフィアが耳を疑うようなとんでもない武勇伝を語っている最中、いきなり言葉を止めた。その様子は、ただ言葉に詰まっているわけではなさそうだった。

 どうしたのか聞いてみようと思い顔を見る。すると、彼女はただ一点を見つめていた。視力がカスみたいな俺では見えない距離なのだろう。


「……魔物だよ。数は一匹、オークだね。武器は粗末な棍棒。付与術式エンチャントはなさそう。特殊な魔力反応もなし。問題ないね」


 淡々と、まだ見えても居ない敵の情報を伝えてくるシルフィア。その姿はさながら司令官のようだった。


 内心かっこいいな、とか思いつつ、ダンジョン前で探索者ギルドの受付から渡された軽いロングソードをぎゅっと握りしめた。

 この飾り気のないロングソード、シルフィアによれば「初心者が持つものにしては上々」だそうだ。さすが現代の製鉄技術だと感心せざるを得ない。俺はすごくないけどね。


「じゃあ、まずは私が実力の一端を見せてあげるね。オーク程度ではオーバーキルだけど……まぁ見た目重視で行くから見応えはあると思う!」

「おぉ……! その言葉を待ってたぞ! さぁ行けシルフィア! そいつをぶっ倒せ!」

「《縮地》」


 俺の左手を取ったシルフィアが一言呟く。

 その瞬間、全身に風を浴びたような感覚がし、オークが目の前に現れた。いや、きっと逆だ。オークが現れたのではなく、俺たちがオークの目の前に移動したのだろう。それこそ一瞬で、だ。


「《上級結界:全ハイバリア:オール》」


 一瞬だけ、薄い膜のようなものが周りを覆ったように見えた。

 これが「結界」なのだろう。どことなくダンジョンに入ったときの感覚に似ている。


 そんな俺の目の前では、俺の二倍ほどの背丈を持つ豚人――オークが困惑した様子で棍棒を振り上げるところだった。

 小汚く薄い桃色の肌に、豚の顔。まさに異形であり、まさに「魔物」だ。


 そこにすかさずシルフィアが魔法を詠唱する。


「《爆滅エリミロード》ッ!」


 刹那、白と赤の閃光が数回瞬いた。


 数拍遅れて爆発の轟音と爆風がやってくる。しかし結界に守られているからか、そよ風程度にしか感じない。


 爆発によって生じた煙が晴れると、そこには何もなかった――地面に落ちている灰色がかった赤い石を除いて。

 これは多分、魔石と呼ばれるものだな。現代のエネルギー問題を解決した超高密度エネルギー集積体だ。意味はよくわかってない。


 というかクレーターも出来ている。

 おかしいな、ダンジョンの壁や床はミサイルでも傷がつかなかったはずなんだけど……兵器より強いとか反則だろ。


「おぉ……! 何やってるか全然分かんないけどすごかった!」

「えっへん。見たか、私の実力!」


 瞬間移動じみた移動に、肉を一欠片も残さない高火力爆発とそれを防ぐ結界。これらだけで移動と攻撃と防御が成り立っている。

 あと支援魔法——バフやデバフと言われるもの——と回復魔法さえあればオールラウンダーと言えるだろう。やはりとんでもない逸材だ。もしかしたら現代最強かもしれない!


「……ん、待てよ。肉が残ってない……?」

「あっ」


 半ば引き攣った笑みを浮かべながら、シルフィアは機械のようにこちらを振り向いた。


 おいおい、さっきまでの威厳はどうした。

 もしや……ポンコツ? 

 いやいやまさか、S級ともあろう人がそんなミス、するわけないよね! 目的を忘れてたり、しないよね!

 

「シルフィアさんや、次は頼みましたよ?」

「も、もももちろん!」


 ……うん、やっぱりポンコツかもしれない。


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 名誉ある初登場の魔物なのに一言喋って消し飛んだオークくん……おいたわしや……

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