3:独壇場

 その後、魔石を回収した俺たちはダンジョンの深部へと進んでいた。


 道中、ファンタジーな魔物代表たるゴブリンと遭遇した。一匹だけしかいないこともあって俺が戦うことになったのだが、結果は凄惨たるものだった。


 シルフィアによるバフをいくつも受けてなお、普通の、なんの変哲もないゴブリンに悪戦苦闘してしまったのだ。


 まぁ、仕方ないだろう。なにせこっちは今までのうのうと生きてきた一般人なのだ。初めての実戦でいきなり使えるほどに蓄えられた戦闘技術なんてあるわけがない。逆に瞬殺されていないだけマシと言ったところだ。


 ……いや正直に言います。結界とかバフとかもらってるから死んでないけど、普通に何回も攻撃当たってます。えぇ、この十数分だけで6回は死んでます、ハイ。

 親父の訓練の成果が、遺憾しかなく発揮されてない。


「はぁ……はぁ……つ、疲れた……」


 バフのおかげで服も剣も傷一つない。もちろん俺自身にも。しかしプライドとかメンタルがボロボロだ。


 もうちょっと善戦できると思ったんだがな……本当に疲れた……はぁ。


「これは……ちょっとくらい訓練した方がいいかもしれないね。今度練習しよっか」

「はぁ……は、はい……」


 そんな感じで進むこと数十分。

 俺たちはオークやゴブリン、スライムやミノタウロスなど、様々な魔物に遭遇していた。


 ここはゴブリンやスライムなどの最弱系の魔物ばかりが出現すると聞いていたのだが……どうやら迷宮異変イレギュラーが起こっているようだ。明らかにC級の魔物が多い。


 だがそれも、シルフィアにとっては塵芥に等しいらしい。彼女はさっきの言葉をしっかりと胸に刻んだのか、今度は魔物を手加減して倒し、素材を回収することができた。俺一人だったらさっきのオークで死んでただろう。


 果たしてその荷物をどこに、と思っていたのだが、どうやらシルフィアは異空間に物を収納できるアイテム、魔導鞄マギアバッグを持っていたようだ。そこにポイポイと素材――肉や魔石を放り込んでいるのである。おかげで手ぶらだ。実に快適だなぁ。一つにつき数億円が当たり前の物だってことは気にしたら負けだね。


 しかし、その魔導鞄マギアバッグ自体が虚空から出てきたのは一体何事であろうか。そういうスキルがあったような気がしなくもないけど……


「さて、そろそろボスっぽいね。食材はいっぱい集まったけど……どうする?」


 目の前にあるのは巨大な石造りの門。複雑な模様が描かれており、その意味を知ることは出来ない。

 そんな場所で、シルフィアは俺に問いかけた。


 どうする、というのは「進むか否か」を聞いているのだろう。これ以上進むと危険だぞ、と俺に警告してくれているのだ。


 ――ダンジョンの最奥に座するボスは強い。今までの敵より一段上の強さを誇る魔物だ。


 確かここでは巨大な「ゴブリンキング」と呼ばれる魔物が出現するのだとネットで見たことがある。きっと、さっき俺が手も足も出なかったゴブリンとは大違いなはず。


 確かに、ここから先は危ない。しかし。


「シルフィア……俺の命はお前に預けたぞ」

「へへっ、冒険者はそうでなくっちゃね! じゃあいこっか!」


 俺の決死の覚悟と対称的に、元気な返答をするシルフィア。

 この元気さが、俺の緊張する心を落ち着かせてくれる。激しく脈打つ鼓動を、開幕のゴングに変えてくれる。


 シルフィアが門に触れ、少し力を入れる。すると、門はゴゴゴ……と鈍重な音を響かせながらゆっくりと開いていった。


 中は、一際大きな部屋だった。

 とても広いこの部屋の中心には、緑色の肌に祭具をいくつか付けた大きな人型の魔物――ゴブリンがいた。

 来訪者の登場に、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべている。


 俺は「これがゴブリンキングか」と言葉にならないほどの威圧感と恐怖を覚えた。

 既に及び腰だ。遺書書けばよかったと後悔してももう遅い。ほんっとうに遅いんだよ……ちくしょう。


 対してシルフィアは無表情だった。まるでつまらない玩具を与えられた子どものよう。

 すると彼女は無言で剣を虚空から取り出した。壁にかかっている松明の光に照らされ、刀身が妖しく輝いている。


「これは魔剣【緑鬼の骸ゴブラド】。ゴブリンを葬る剣だよ……また、使わせてもらうね」


 最後の呟きは、誰かに向けての言葉な気がした。俺でもゴブリンでもない、誰かに対する慈しみと謝罪がこもった言葉だ。


「《疾雷化身ライトニングシフト》」


 魔法を唱え、深呼吸。そして――その姿が掻き消えた。


 ゴブリンキングはそれに反応し、手に持った棍棒――最初のオークが持っていたものより綺麗で手入れがされている――を大きく振り上げた。


 もしかしたら、彼の目にはシルフィアが見えているのかもしれない。

 

 俺? 俺は全く見えてない。逃げたって言われても信じちゃうくらいにはね。……そんなことないよな?


「ちっ……!」


 ゴブリンキングが棍棒を振り下ろすと、その真下にシルフィアが現れた。先ほど出した剣を横にしてそれを凌いでいる。


 まさか、奴はこの動きを見切ったというのか……? 


 まぁ、かっこつけたはいいけど俺は何も見えていない。でもあの動きは偶然でできるものではないだろう。まさに格上の戦いだ。


「ゴブリンキング如き、この剣の前では無力! 《天下ディセンド》!」


 刹那、再びその姿が掻き消えた。

 ゴブリンキングの視線を追って見上げると、シルフィアはその頭上にいた。

 剣を大きく振り上げ、そのまま切り捨てようとしているようだ。


「うおおおおお!」


 可憐な声で発せられる雄叫びは、やはり心を震わせる力を持っていた。


 そのまま重力に従った剣は、棍棒を両断した後ゴブリンキングの身体をいとも容易く貫通し、真っ二つに切り裂いてしまった。


「ふぅ……これくらい楽勝!」


 剣を掲げてはにかんだ彼女の身体には、汗も血も全くついていなかった。本当に「楽勝」なんだろう。


 とんでもないな……あんな大きな生物を一刀両断できるとか、普通に化け物だと思う。S級が人外と呼ばれる理由がわかったよ。本当に。


「こいつは食料にならないし……いいよね?」

「う、うん。もちろんだとも」


 別に拒否しようとは思っていない。思ってないのだが、もしここで「ダメ」と言ったらどうなるか……さっきのを見て反抗できる人が果たしてこの世界にいるだろうか。多分S級以外無理だと思う。


 俺のような一般人はイエスマンしないといけない気がしてきたぜ。召喚主は俺なんだけどね。


«ダンジョンボスの討伐を確認。報酬を授与します»


 突然脳内に響いた、どこか機械的な女性の声。

 シルフィアに目配せすると、「私も聞こえた」と言わんばかりに頷いてくれた。


 すると、ゴブリンキングの死体が光の粒になって消えていく。

 全てが空気に溶けて消えた後、目測で縦横1メートルほどの箱――まるで宝箱のようだ――が出現した。


 うむ、すごくゲームっぽさ全開だ。……ミミックとかいないよな? 実際に出ることあるらしいし怖いんだけど。


「心配そうな顔してるね。でも大丈夫、この箱には魔物ミミックなんか入ってないよ」

「な、なら良かった。じゃあ開けてみよう」


 なぜ分かるかは聞いたところで「へぇ……」としかならない気がするのでスルー。それでいいのだ、多分。


「えっと、中身は……なにこれ、ゲーミング種?」

「ん? げー、みんぐ?」


 驚きのあまりそう呟いてしまった。

 シルフィアからは「なに言ってんだこいつ」みたいな目で見られるし。

 

 でもしょうがないじゃないか。

 だって……おっきな箱の中に、ぽつんと虹色にキラキラ光ってるこぶし大の「種」があるんだもん!!!


 =====

 明日からは1日1話で更新します!

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 謎が多いシルフィアさん。今回は魔剣が出てきましたね。これも物語シルフィアの重要な要素でございます。乞うご期待。

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